2022年9月18日(日)

「夕食を食べるアオとゲン」Chromogenic print,printed 2022 © KYOHEI SAKAGUCHI 

5時に起きて、家を出てアトリエへ。アトリエはエレベーターを降りた同じマンションの一階にある。まずは原稿を書く。原稿と言ってもこの日記を書いている。そういえば、僕はtwitterを始める前までは2004年からずっと毎日、自分のホームページで日記を書き続けてきた。だから2004年、これは僕の第一作目の本である『0円ハウス』を出版した年だが、その年からずっと毎日、自分が何をしたかの記録がある。例えば、2004年の今日と同じ日は何をしていたのかというと、

2004年9月18日(土) 

 佐伯祐三の絵が気になる。風景絵画であるのだが、それだけでは言い表せない。 彼は、看板やポスター、壁の質感を絵の前面に出してきていて、それは周りの風景から飛び出して僕の目に飛び込んでくる。 建物の絵も正確に書くというのではなく、その建物のボリュームに表現が集中している。 今見ても新鮮だ。 今度大阪で維新派が一年ぶりぐらいで演劇をやるらしい。 行きたいけどちょうど僕がヨーロッパに行っているときなのでいけません。 前回の東京公演のときは行ったのだがはじめてみる快感だった。 演劇自体がひとつの祭りと化していて昔子供劇を見に行っていたときを思い出した。 あの時演劇は本当にぼくにとって祭りそのものだった。

 と書いている。僕は毎日、考えていることが変わるので、いつも不思議だった。いつも何かを始めたとしても、たとえば、ノートに何か気になることをメモをするみたいなことを始めても、次の日にはもう違うことを考えているので、なかなか続かない。それは最初のうちは欠点だった。三日坊主だし、一つのことに集中できない、そもそも何の取り柄があるのかわからない、一体、自分が何をしたいのかすらわからない。こうやって、気にして、不安になって、ちゃんとしなきゃみたいになると、窮屈になる。ところが、終わってみればと、過ぎてきた日々を思い出してみると、なんだかんだで毎日、思ったように体を動かしてきて、何か問題になったことがあるわけでもなく、まあ、なんとなく生きのびることができてきたなあって感じなのである。本当にあっちふらふらこっちふらふらで一貫性がなく、その日の気分で動くしかできない。そんなふうに言うと苦しいが、不安定こそが安定するから、そのまま思ったまんま、その代わり、それを頭であれこれ考えすぎずに、さっと、別に何をやっても、犯罪じゃなければ、なんでもやっていいんだから、思った瞬間に動いて、楽しんだらいいよ、と自分に優しく声をかけると、あら不思議、本当に体は楽になって、楽しい時間を過ごせるのである。もちろん、誰にでもおすすめはできないけど、こういう人もいるってことだし、躁鬱の人はある程度、これでやっていけると思う。自分なんて、とか、ちゃんとしなきゃモードに入れば入るほど、体はおかしくなるし、生きることもぎこちなくなっていく。そうすると、長所に気づけなくなってしまう。たとえ小さくても長所に気付いて、それを具体的に実践していくこと以外に、僕の場合は生きる道はないように思えるし、その道は毎日違うし、どんな小道でもありえるし、極小ではあるが無限大に広がる。

 で、あの日の僕は佐伯祐三の絵と維新派の演劇が気になっていて、18年後の僕は、あ、佐伯祐三、最近見てなかったな、確かに今見たら、全然違うかもしれない、油絵も始めたし、もう一回、見てみるか、画集も売っちゃったから、また古本屋に行って、佐伯祐三をチェックしようと思う。維新派は亡くなった主宰の松本雄吉さんは熊本の天草出身である。松本さんが亡くなった後、解散していることを、今知る。僕の場合はここで思い出せたら、それで良し、その代わり、即座に全て忘れて明日に向かってしまう自分は否定しない、というやり方である。これが今の元気な状態では問題がない。今日の自分の精神状態チェックは「6」である。5が真ん中だから、真ん中よりもちょっと気分が良い状態。これが1週間前だと「8」で10日間前だとマックスの「10」だった。今回の試みとしては、いのっちの電話、twitterをやめてみる、つまり、知らない人たちとの関わりを一旦ゼロにすることで、今まではピークの10から一気に疲れで0の鬱状態に突入していたところを、もう少しなだらかな川の流れの上流から下流に流れていくような、そして、最後、海(=鬱)に流れていくようなイメージでやってみようとしている。躁から鬱までの襞をゆっくり味わってみたい。これがなかなかいい感じに進んでいるんじゃないかと思っている。波は消えないので、というかそれが僕という体なので、ピークもあるし、精神と体が疲れてゆっくり休みたい時もある。それが急激な変化になると、鬱状態に寝込むことになるが、なだらかにすると、鬱=休息になるのではないか、という実験。うまくいくかはわからないが、今のところ、かつてない精神状態でいる。というか、これが高校生くらいまでの自分だったような気がする。戻ってきた感覚がある。技術は変化、進歩してきて、その状態で、あの高校生までの精神がそれなりに安定していた時を過ごせると思うと、それはとても嬉しい。というわけで、この文章は日記ではあるが、同時に、僕なりの新しい治療法でもある。同時におそらくこれは新しい作品でもあるだろう。この日記で、鬱状態にまで突入してみたいと今回は思っている。鬱の時も書く。僕の場合は1ヶ月に一度は波が一番下まで行くので、日記を1ヶ月書けば、おそらくその間に一度、鬱状態がやってくる。10日前がピークで、今は少しずつなだらかにピークを下っている。僕が苦手な下山である。この下山を丁寧にやってみたい、楽しんでやってみたい。写真を覚えたのも一つの技だし、いのっちの電話をやめたのも一つの試みで、twitterをしなくなったのも、心地よくいる方法、いろんなことを試して、この下山を実験してみたい。なんだかうまく行くような気がする。そして、1ヶ月書いてみたら、この記録を日記本として、自費出版してみたらいいのかもしれない。

 原稿はすぐに書き終わって、その後、家に戻って、アオとゲンの朝ごはんをセットして、またアトリエへ。museumスタッフMちゃんがやってきて、僕はお茶をいれて、彼女が印刷してきたものをもらった。ニューアルバム『海について』を買ってくれた人の住所のシール。それを貼って、さらにスタッフのももちゃんが発送を来週手伝ってくれることになっている。こういう作業も以前は全部自分でやっていたが、僕は梱包も発送も好きなので、でもそれだとすぐ疲れてしまうので、仕事としてスタッフにやってもらうことにした。今ではmuseumは6人のスタッフがいるし、シフトを作るのはフーちゃんがやってくれていて、会社っぽく機能しはじめている。まずはmuseumも10年やってみたい。僕の場合、何かをはじめたらまずは10年やる。飽きたら止めてもいいから、10年やっていくと、仕事になっていく。本は2001年からやっているからもう20年越えたし、絵は2006年から売り出したが、こちらも16年、音楽は1998年から作曲やっているから24年、下手だけど下手なりに続けていくと、自分を生かす技術になる。その感触はもう得ている。だから、自前の美術館なんて、無謀なことに思えるが、きっと10年やれると思う。もちろん、飽きたと思ったら、数年休めばいいだけのこと。いのっちの電話、twitterだって、またやりたいと思ったら再開すればいい。とにかく僕はやりたいのかやりたくないのかが大事なので、そこは嘘をつかずにやっていこう。museumは今年度から(僕の会社は4月締めなので5月から)時給1000円から時給1500円にアップしたので、みんなも喜んでくれるといいな。発送仕事は日当1万円払っている。会社の社長みたいなのが、体に合っているなとは思う。「パパはリーダーが向いてます」とアオが言った。

「鍼治療院から野口を散歩」Pastel on paper  2022/09/18 © KYOHEI SAKAGUCHI

 その後、パステルも描いておいた。今回はいつも難しいなと思う、木漏れ日の絵。今回は消しゴムも使ってみた。そうすると、木漏れ日の重なる光の感触が表せるかもしれないと思ったからだ。木漏れ日はよく見ると、葉っぱの重なりで、光の光り方がそれぞれに違う。葉っぱが重なっていないところ、一枚だけ重なっているところ、2枚以上重なっているところ、少なくとも三つは違うので、まずは影を塗って、消しゴムを強弱つけて、影を薄めて、さらにもっと光っているところには発色の良いキナリのパステルで塗ったら、案外うまくいった。

 今回の鬱明けの絵はどれも、今までの描き方と違うような気がしてて、これ自体が一つのシリーズになっているような気がしたから、年末か年明けに東京虎ノ門のいつもやっているキュレイターズキューブで展示ができたらいいかもなあ、なんてイメージしながら。旅人くんにも伝えといたら「やってみよー、写真展もやってみたい~」とのこと。前回は油絵展だったし、ここのギャラリーではいろんなことが試せる。売れても売れなくてもいい、恭平が楽しければなんでもいい、という、他じゃ考えられないやり方だけど、おかげで僕は伸び伸びやれるので、伸び伸びやっている時が一番、良い動きをするってことを知ってるから旅人くんもそう言ってくれるんだと思う。僕のまわりの人たちも、僕との付き合い方というか、扱い方みたいなものを熟練させてきているのかもしれない。おかげで僕は気が楽だ、以前よりずいぶん。

 というわけで、午前中で仕事は全部終わる。POPEYEの原稿について、井出くんからオッケーのメール。今月もアオに挿絵は任せたいとのこと。アオはそのうち、単体で、POPEYE編集部から直接仕事が来ると思う。それくらいアオの絵は魅力的だ。アオ自身は絵よりも占いの方が体に合っているらしいが、絵と歌は本当に素晴らしいので、気が向いたら続けて欲しいなと思う。アオはもう自分の仕事みたいなことがイメージできているので、高校受験をする気が全くないらしいけど、それでもテスト勉強をするアオの健気さよ。次はアオのために書いた『テストの段取り講座』の続編で『15歳からはじめる会社のつくりかた』という本を書きたいと思っているが、それも年内に手をつけたいなと思っている。この前、鬱が明ける時に見たヴィジョンが鮮明で、それを熊本在住の思想家である渡辺京二さん(91歳)に話していたら「あなた早くフナネズミを書きなさい」と言われた。フナネズミとは僕がもう7年前から書こうとしていた長編小説で、何度も書いて、もう700枚くらい原稿あるのだが、全然完成しない小説で、京二さんが死ぬ前に完成させなくてはと思って、再開することにした。あと、九龍ジョーと『躁鬱大学』以来のタッグを組んで、新しい本を作ろうとしている。それはまだ仮タイトルだが『(仮)絶望ガイドブック』。僕が鬱のどん底に落ちた時に、どうやって、死の危険を回避したかを登山ガイドブックのように書いてみるというもの。彼と一緒に作った『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』のようなものをイメージしている。ということで、いつものように、鬱が明けると、これまでの仕事がシャッフルされて、新しい枠組みができて、新しいスケジュールができる。鬱の間、僕はフーちゃんに「もう仕事ができる気がしないから、アルバイトを始めなくちゃいけない」と項垂れているのが、僕自身も信じられない。君は文章を書き、絵を描いて、歌を歌う以外に道はないと思うよ。アルバイトで、平気に金が稼げると思っているかもしれないが、アルバイトの方が君には難しいと思うよ、と思う。でもそう思っちゃうんだよね、それはそれで、理解してあげたい。でも戻ってきたら、自分のやるべき道がはっきりと見える。それを忘れたとしても、必ずまた書くことになるのである。

 今後の本の予定

①『継続するコツ』脱稿済。現在編集中。2022年11月発売予定。

②『坂口恭平日記』現在執筆中(100枚到達)来年、自費出版し1000部くらい売ってみる?(要ふーちゃんに相談)

③『絶望ガイドブック』現在執筆中(30枚到達)来年発売予定。

④『生きのびるための事務』脱稿済。要追筆。現在編集者に読んでもらっているところ。来年発売予定。

⑤『幸福人フー』(177枚到達)もうすぐ書きおわり、来年発売予定。

⑥『フナネズミ』年内完成目標。

 こうやって、僕は毎日、本の絵の音楽のスケジュールを編成している。ずっと昔からの作業。小学生の頃から同じことをずっとしている。死ぬまでずっとしていくんだろうなと思う。僕の場合は、これが仕事になっていること自体奇跡なので、というか、なってなくて当然なので、どうなっても死ぬまでやるわけで、今はただ楽させてもらっている感が強い。元々何もないんだから、とにかく調子に乗ることはない。何もないんだし、毎日やるだけで、やったものがどうなったとか、それが売れるとか売れないとかはどうでもいい。もちろん、一緒に仕事をする人はそうじゃないわけで、その人たちが困らないようにはする必要はある。しかし、僕は元々どうなってもいいっていうか、小さい時からやっていることだけ曲げずにやればいい。いのっちの電話とtwitterをやめて、さらにそう思った。自分のペースがようやく戻ってきた。これからどんどん作品が作れると思う。同時に、自殺対策に関してはいのっちの電話ではなく、違う動きができないかと思っている。熊本市長にもそのことを伝えに行こうと思っている。表に出ないで、協力できることはたくさんあるはずだ。

 お昼はフーちゃんがキムチとおにぎりを握ってくれたので、それを食べて、あとはもう子供たちとソファに寝転んで、ゲームしたり、人生ゲームしたりして、ただぼうっとした。ちょっと前だったら、そんなことしている暇があったら、原稿を書きたい、絵を描きたい、とか思っていたんだけど、それが全くなくなったのはどういうことなのか考えている。今は朝のうちに全て仕事を終わらせる。それで午後3時のゲンが下校する時間からは、全く仕事のことを考えずに、子供たちと一緒にいる。休みの日は午前中仕事を終わらせて、あとは昼からはずっと一緒にいる。このペースでとても楽なのだが、以前はそれでもアトリエに戻って仕事をしようとしてきた。電話とtwitterやりすぎてたんだな、きっと。それで時間が分断されてしまって、自分の仕事も満足するほどできていなかった。それがなくなって、今は自分の仕事の時は、そのことに集中できてる。でも一日中仕事するのは僕の性に合わない。なんでもやっている方がいいので、午前中まで仕事、終わったら、あとは子供たちと遊びまくる、これが今のところベストだなと思う。台風は来るんだろうか。しかし、僕は一切胸騒ぎしないので、ニュースではひどいとかなんとか言っているが、僕の周辺では何も起きないと勝手に確信して、ただ台風を避けるために、家でみんなで洞窟ごっこできるので、それはとても安心で、家族でみんなで休みの日に外が雨で外にも出なくていいし篭れるのは、逆に心地よい。今年の年末はどこのホテルで篭ろうかと話をしたりしていた。

「アオが描いた本棚の図面」iPhone  2022/09/18 © KYOHEI SAKAGUCHI

 今、我が家の改造計画をやり始めようとしているのだが、アオがまずは自分の机に本棚を置きたいというので、本棚も自分で設計してみなよと伝えて、図面を描いたら、それを杉工場の永井くんに渡して、プロの図面に描き直してもらって、それで、自分で設計したものを自分で選んだ素材で作ってみようという実験。何かを買うよりも断然面白いし、可愛くなるし、体の経験としても全然違う。ということで、アオは真剣にメジャーで寸法を測り、どれぐらいかいいかを考えて描いていた。アオが健気に頑張っているところを見ると、すぐに泣きそうになるが、そこは我慢して、見てた。時々、アドバイスしながら。設計って本当に面白いし、まあ、細かいところまで自分でやるって方法もあるけど、ある程度、こっちは定規と鉛筆でサラッとかいて、あとはプロの家具職人と相談しながら詰めていくのが、共同作業になるので面白い。アオもいい経験になったんじゃないかな。テレビ台はふーちゃんに任せてみることにする。ゲンも自分の机を設計すると言っていた。設計って面白いからどんどんやってほしい。

 気づいたら、9時前には寝てた。起きたら12時で、でも雨風はちょっと強いけど、やっぱり問題ないな、って感じだった。そして、また寝た。