零塾

最新記事

第11章 避難計画を立てる

 2011年5月28日(土)。ツイッターをやりすぎて、日記を書くことが止まっていたが、やはり日記は毎日更新すべきだと判断し、再び始めることにした。
 朝起きて、ゼロセンターへ。昨日、避難してきたダケさんが高熱を出し、夜間に地域医療センターで診察後うちに連れて帰って来た。様子を見ると、どうやら大分調子は良いようだ。避難してきた人は、かなり力が入っている。不安もあるだろう。体調管理が心配である。
 アオがいつものように一緒に行きたいと言うので連れて行く。ゼロセンターは今、村状態である。子どもたちが集まっているので、楽しそうだ。そう考えると、こうやって人々が集まって一緒に食事を食べるような空間って、本当に今では全く無いといっても過言ではないのかもしれない。避難所とかではないような気がしている。人が集まれる場所を作る。それこそが現代の建築家の仕事でもあるのではないかと思った。しかし、大抵の建築家はその行為ができていないのではないかとも思う。
 しかし、人が集まるというのはどうも現代では、おかしなことのようで、自治会長さんに挨拶に行くと「人が集まると、なんか変な宗教団体ではないかとか訝ってしまう」と言われた。僕が避難所を作るという話はしたつもりだったが、こんなリアクションである。それも理解できるが。なにせこの国には人が集まる場所が無い。ゆっくり畳の上に座って、ごろんとなって子どもと一緒に、色んな人がコミュニケーションできる場所が無い。あってもお金を払う必要がある。だから、こんなに人が集まるという行為自体で、怪しまれてしまうのである。
 でも、人が集まったら怪しいって、こんなに悲しいことないなと思うが、現実は仕方が無い。僕もある種のコミューンを作ろうとしていると言われても間違いではないので、とりあえず磯部涼もアドヴァイスするので、近所に挨拶回りする。自治会長にも僕の本と新聞の連載と避難計画のチラシを配る。でも、話をすれば最終的には理解してもらえた。協力しますと言ってくれた人もいた。それはとても嬉しいことだ。
 他の人も場所を作って、協力してもらったりすれば、もう少し楽なのかもしれないが、なかなかそこまで余裕がある人がいるわけではない。というか別に僕が余裕があるわけではないのだが、時間だけはたっぷり持っていて、あんまり何事も気にしないタイプの人間で、さらに今まで多くの人々に大きな助けを受けて育ってきた。だから、やるべきだと思っている。
 午後1時から新政府の閣僚会議を行う。USTREAMでも放送する。毎回述べで1000人近くの人が見てくれていてありがたい。僕が今週、調査した内部被曝医療に関する情報、住宅情報などを報告する。寮さんは行政と話をしていて、なかなか大変そうだが、やはり行政を動かさないとどうにもならないのは勿論なので、寮さんは引き続き、手を打ってみるとのこと。会議にはたくさんの人々が集まり出している。毎週一回、人が集まって議論するという行為自体も僕はこれまでちょっと自分でも無視してきたことだと思った。こうやって、色んな人間が集まって、議論して、答えを出すのでなく、それぞれどんなことができるかを話し合う機会というのはとても貴重なことだと思う。そういう意味でもゼロセンターの持つ可能性は大きいような気がする。
い。場所作りというのは、とかく一つの方針に固まりがちである。なので、色んな人を呼びたい。トークショーや、ワークショップも行ったほうがいいかなあと最近は思っている。
 音楽家の七尾旅人くんと電話し、彼もゼロセンターに来てくれるとのこと。しかも、ライブまでやってくれるとのこと。5月30日(月)の午後7時半から。ゼロセンターは避難者の人限定であるが、USTREAMで見れるようにする。全て生音、しかもアンプラグド、スピーカー、アンプも無しでやることが決まった。ゼロセンターでライブができるようになるとまた行動の幅が広がるだろう。そのためにも今回は必ず実現し、無事に終了させなくてはいけないな。
 夜、避難して来た人々と小倉さんと深夜まで話をする。

 2011年5月29日(日)。小倉さんと一緒に街を歩く。こうやって東京での知人に熊本の街を案内するのは楽しい。PERMANENTの有田さんにも小倉さんを会わせる。二人は意気投合し、奇跡的な会合が繰り広げられていて、なんか幸福であった。PERMANENTのカズちゃんに教えてもらった、ホワイエという喫茶店が凄すぎて、トロントのことを小倉さんと一緒にふと思い出し、嬉しくなる。なんか熊本がすごくなりそうな予感。小倉さんも移住を考えているらしい。こうなってきたら大変なことになるぞ。
 小倉さんと二人で公園横の気持ちよいイタリアンを食べながら、今後の構想を話し合う。
 熊本を芸術の都にする。これが僕が避難計画を実行した後に次に行う構想である。
 ということはもちろん、熊本市現代美術館へ。館長である桜井氏と会談。桜井氏は小倉さんと旧知の仲。僕のインディペンデントなゼロセンターと熊本市現代美術館という公共施設が恊働できたら、すごいことになる。話をしていたら、それが夢物語ではないことを感じた。なんでもできるんだ。だから今こそ夢を語れ。自分の力を全て出し切れと思う。
 ゼロセンターを行うようになって、これまでありえないくらいの人と電話をし、メールをし、ツイッターをしている。これはとんでもない毎日だと実感している。
 あらゆる人々の叫び、希望、夢、不安が僕の頭の中で混沌と、しかし、どこかへ向かおうとしている。
 僕はそんな粒子状の思いを、ちゃんとディレクションしなくてはいけない。
 ただ毎日、勝手かもしれませんが、使命感が僕を伝う。
 行動せよ。
 頭の中から、身体の中から、僕に指令が出ている。同時に力が漲っている。
 それは幸福なことである。

 2011年5月30日(月)。朝からゼロセンターでライブの準備、今日は記念すべきZERO CENTER "LIVE!"の第一回目、七尾旅人くんの生音弾き語りライブである。七尾くんが午後6時頃到着。ちょっとUST技術が僕にはないので、色々と大変でしたが、無事に開始することができた。七尾くんの子どもも避難して来た不安を持っている人々や熊本の僕の友人たち、人それぞれに伝わって行く、有り得ない単純な、それでいて複雑な、もうよくわからん、でもたいそう幸福な音楽のおかげで、涙が零れ落ちたよ。僕も結局入って、フリースタイルと虹やっちゃったし。最高の夜だった。マユミさんが美味しい料理を作ってくれたし、極上の馬刺も注文したし。なんかとにかく最高の日でした。深夜、七尾くんと熊本ラーメンも食べたし。みんな幸せそうで、僕はとても幸福でした。フーと久々に一緒に音楽が聴けて、アオにも聴かせられて、本当に良かった。これは忘れられない体験であった。感動のまま、爆睡。

0円ハウス −Kyohei Sakaguchi−