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Journal -坂口恭平の毎日-

2009年4月30日(木)多摩川生活日記第十五日目

第十五日目

またまたえらく早く起きる。午前中、浜大根と卵でチキンラーメンを食べる。畑に水やり、ロビンソンの仕事の手伝いなどをする。少しずつロビンソンも調子が上がってきているようだ。まだ僕の頭はぼーっとしているが。午後12時に六郷土手に資生堂のPR誌「花椿」の編集部谷隈さん、ライターの萩原さん、とカメラマンの方三人と待ち合わせ。多摩川生活しながらであるが、なんだか毎日人が訪ねてきている。僕の部屋でインタビューを受ける。花椿っていうお洒落な雑誌と僕の家があまりにもシュール。ぼーっとした頭であるが、インタビューに答える。ちゃんと話せたか、ちょっと心配であるが、なんだかいつもとは違う感じのインタビューだったので新鮮であった。その後、僕の家の窓から身を乗り出したりしての、写真撮影。浜大根に囲まれての一枚もあった。ロビンソンは、撮影かー、と言っていた。その後、部屋で春秋社のゲラをチェックする。しかし、まだ活発にはなれていない。

2009年4月29日(水)多摩川生活日記第十四日目

第十四日目

快晴。しかし、体は重い。ロビンソンがソーセージと野菜炒めを持ってきてくれて、それに目玉焼きを乗っけて、浜大根のみそ汁。畑に水やり。その後、またぼんやり。もういつまでぼんやりしてるんですかー、とタローに言われる。と言われてもこういう時は仕方がないのよ。午後2時頃、幻冬舎の竹村さんが来訪。多摩川生活の様子を見に来るも、僕の頭が完全にぼーっとしているのを見て、心配そうな顔をしていた。谷中ゆべしをお土産に貰う。美味。色々話をするも、この毎日快晴続きで太陽に当たられ、取材もなかなか進まず、ぼーっとしている。このままあと二週間できるのか、自信が無くなる。でも種植えてるしな。まあ時間が経つのを待つしかない。メールには色んな仕事の話などがたんまり来ていた。バンクーバーのポールワンの展覧会があるらしい。ポールは僕の絵を買ってくれたコレクター、リックの友人。お家に遊びに連れて行ってもらったから、こりゃ招待しなくてはね。タローと六郷温泉へ行って汗を流すも、まだ本調子じゃない。あー、早くみっちり取材したい。

2009年4月28日(火)多摩川生活日記第十三日目

第十三日目

えらく早く起きる。朝食は昨日のカレー。畑の水やり。早く芽がでないかと僕が覗いているので、ロビンソンに待ちなさいと落ち着かせられる。その後、まだ取材はできず。どうにかちょこちょこロビンソンが起きてきて、畑仕事をやる時に、くっついて話したりする。よく考えたら、レコーダーがいるなと今頃気づく。何でも、彼の発言はちょっとノート取ったぐらいでは反応しにくいほど大事な言葉が入っている。しかし、基本的に時間がだらだらと過ぎ、疲れもあるんだろうか、次第に自分でもよく分からんくなってきた。タローは横で、何やってんすかー、と言っているが頭が動かない。部屋の中でもぞもぞしたりしている。お昼前に太田出版の北尾さんが来訪。6月発売予定の本人の原稿のことについて部屋で打ち合わせ。しかし、こちらは本調子ではないし、なんだか空回り続きだったため、ぐだぐだになっている。これはちゃんとしなくちゃいかん。北尾さんに景気付けに六郷土手の美味しい中華料理屋「広蘭」へ連れていってもらい、生ビール飲みながら、興味深い話を聞く。それでも僕は空元気ではあったが。北尾さんにはよく原稿が書けないと頼ってしまうのだが、いつも鉱脈に触れているから悩んでいるんですよ、と言ってくれるので、三杯目まで頂き、気合いを入れる。昼間から酔っぱらい、書こうとパソコンを開いて、少しだけ進めるも、すぐ止まる。じたじたする。タローは、こちらが立ち上がるのを待っている。昼腹一杯食べたので、夜は何も食べずに寝る。

2009年4月27日(月)多摩川生活日記第十二日目

第十二日目

朝起きて、朝食食べて、水やり。午前10時に六郷土手に春秋社の篠田さん来訪。僕の家でゲラを渡され、打ち合わせ。良い仕上がりになっているのではないか。タイトルはまだ決まっていない。どうにか最終の11日までに決めましょう。篠田さんはゆっくり寛がれていった。午後、タローが京都からやってくる。撮影をしようと僕がけしかけた。タローはイメージフォーラムフェスティバルのコンペの最終審査にまで入っているらしく、気合いが入っている。風邪が長引くロビンソンにはまだなかなか取材をしにくいので、時間を持て余す。夕方、高校の同級生の小島さん来訪。ロビンソンに農業の顧問をやってもらっているのでその話。なんだか、凄いことである。夕方、タローとビールを購入し、飲み、そのまま寝る。起きて、タローが来てくれたので、カレーを作る。

2009年4月26日(日)多摩川生活日記第十一日目

第十一日目①

第十一日目②

第十一日目③

朝起きて、ビニール袋で布団をカバーするための道具を作り、それを持って、多摩川へ。ロビンソンに挨拶。部屋に戻ると、やはり雨漏りをしている。ちょうど落ちるだろうと予想していたところに洗面器を置いていたのだが、水がしっかり溜まっていた。補修作業。かなり微細な穴からも水は染み込んでくるようだ。さらに入念にやってみる。その後、布団カバーを洗濯して、ビニール袋で防備した。こちらもこれでなんとか対処できるかな。午後は、畑作業。昨日の雨のおかげで大部分は水をあげる必要はないが、蒸発と猫が入ってくるのを防ぐためブルーシートを覆っていた茄子コーナーの手入れ。その後、今日は夕方まで原稿に取りかかる。ロビンソンと話をすればするほど、色々な話題が飛び出してきて、しかも、それがかなり豊富な知識と経験に裏付けされたものであるため、それをまとめるのはかなり難しい。どこかの大学の教授をしていてもおかしくないのだ。コンピューター開発者時代には、早稲田大学理工学部で色彩の講義をしたこともあるとも言っていた。仕事を終え、野草を摘んで夕食は野菜ラーメン。食後、隣のヤッさんとお酒を飲みながら、話を聞く。彼はもう五年もロビンソン師匠と付き合っているらしいのだが、それでも、謎に包まれていると言っていた。水平器が壊れているときに、ロビンソンがどうやって水平を測ったか、また、雨水が溜まっているところに夏はヤブ蚊が卵を落とすらしいのだが、それをどうやって対処したかなど、衝撃を受けた体験を話してくれた。午後10時頃まで話して、就寝。ロビンソンはまだ風邪を引いている。

2009年4月25日(土)

今日は戸塚で家族と過ごす。朝から痒い。かなり順調に行っていた多摩川生活に洗礼を浴びる。変則的な傷があんまり痒いので戸塚の皮膚科へ。かなりちゃきちゃきのおばちゃん医師に笑われる。「あんた免疫が無いのよ」と言われ、現代っ子の自分に気づく。あいたた。仕方が無い。虫なのか草まけなのか全く正体不明なのだが、色々全部だね、とのこと。フーアオと外出し、買い物などをしていると、こんなに近いところなのになんだか日常と非日常が入り交じり、変な気分。腕をぽりぽりしながら過ごす。とにかく一度はやられて慣れていくんだろう。東京のど真ん中でもここにはたくさんの鳥、虫、植物が生きていることを実感。

2009年4月24日(金)多摩川生活日記第十日目

第十日目①

第十日目②

第十日目③

午前5時起床。あまり天気は良くない。家で作業。昨日ロビンソンと話したこと、畑について、思い出したことを手帳に書いていく。その後、ご飯を炊いて、ベーコンエッグ丼をつくり、ネーブルと一緒に朝食。今、飲んでいるアップルティーや、みそ汁、ご飯などすべての水をこの前貯めた雨水で作っているのだが、完全に濾過された何の不純物も入っていない真水であるらしい(ロビンソン談)ので、癖が無く美味なのである。水についていろいろとロビンソンと話していると、本当に勉強になる。天災なんかが何も飲む水が無くなったらどうするんですか?と聞くと、朝方、植物の葉っぱの上に溜まっている露滴を飲めばいいのだそうだ。これは、植物の中を抜けて濾過されたものなので、栄養分も入っていて雨水よりも美味とのこと。ロビンソンは南方熊楠のごとくとにかくあらゆることを同時に思考している人である。こんな人は本当だったらもっと人のために活動してほしい、なんてことを僕は夢想するのだが、そういう人が、一番近いけど、一番見えにくいところにいるというのが、逆に面白いのかもしれない。僕たちはもっともっと街を歩きながら、日常を生きながら、解像度を上げていかなくてはいけない。とかなんとか考えていたら、腕、手が痒い。むちゃくちゃ痒い。見ると、見たことの無い形の刺された痕跡がある。ロビンソンに見せても「こんなの見たことねーよ。この周辺の人間もこんなには刺されないよ」と言われ、ヤッさんの腕を見ても何も刺されていない。ロビンソンに貰った布団はずっと外に置いたままにしていたものらしく、どこか外で刺されたというより、やはりその布団が怪しい。こりゃ布団を換えなきゃ駄目かな?誰よりもやられている僕。がっくり。お昼前から畑仕事。今日は、キュウリの苗と、茄子と、枝豆と、かぼちゃを植える。これで五種類になった。畑は夕方前に完成。ロビンソンも仕上がりを見て喜んでくれている。今日は久々にアオタイム。夕方、戸塚の実家に帰る。虫のことを伝えたら、急遽厳戒態勢に入っており、すぐ玄関で服を脱がされ、風呂に入れられる。なんだか収容されたような状態であるが、仕方ない。夕食後、多摩川タイムに慣れてしまっている僕は午後8時前ごろに睡魔が襲ってきて、気づいたら寝ていた。

2009年4月23日(木)多摩川生活日記第九日目

第九日目①

第九日目②

第九日目③

第九日目④

第九日目⑤

午前5時起床。読書をしてたら二度寝してた。心地よい朝。鳥の声で朝が来たのを感じると、まるで東京ディズニーランド、いや、東京ロビンソン・クルーソーランドに入園しているような気分になる。現実とは思えない。本当にロビンソン・クルーソーランドってやったらかなり盛り上がると思うんだけどなー。多摩川の一角を使って、新時代の生活に向けて少しずつ準備できるように、生活体験ができるランド。とかなんとか頭に思い浮かべる。起きて、朝食の準備。今日はご飯を炊いて、納豆と混ぜる。さらに納豆には自生の浜大根をみじん切りして混ぜる。みそ汁も。ベーコンエッグも作り、グレープウルーツも食べる。豪勢な朝食。腹一杯になる。全く痩せない多摩川生活である。三食自分で作り、しかも、残すわけにはいかないので全部食べるので、普段より食べている可能性あり。ロビンソンは肥料を調達しに行っている。午前中畑仕事。今日はトマトの苗を植えることに。まず耕した大地に石灰と化成肥料と鶏糞を混ぜる。とにかくロビンソンに鍛えられている。汗びっしょりかきながら、穴を掘って、そこに草と堆肥とロビンソンが正月からしっかりと熟成した貴重な人糞を分けてもらい、それも混ぜる。これが効くらしい。そして、畝を作って、トマトの苗を六つ植える。そして、竹で支えになる柱を作り、完成。お昼過ぎに今日の作業は終了。畑にまいた肥料がなじむように、そんなに焦らずに、ゆっくりと植えていけば良いのだそうだ。お昼は今日も焼きそば、卵とベーコンと自生の浜大根に今日は自生のソクズもヤッさんにもらって入れてみる。美味。昼食後、ゆっくりギターを弾きながらメールの処理など。午後から、コヨーテの佐々木さんと、写真家の大森克己さんが来て、畑、家、浜大根に囲まれて写真撮影。僕の家の中でビールでお昼から乾杯。牛深ハイヤを歌う。ジャマイカにしか思えん。この生活を25枚くらい書くことに決定。ロビンソンの生い立ちの取材をする。午後4時過ぎに六郷温泉へ。3日に一度の贅沢。温泉。しっかりと垢を落とす。佐々木さんから蕎麦をもらったので、夕食は蕎麦。蕎麦だけじゃ寂しいので、家の前にある柿の葉っぱと浜大根を摘んで、卵と小麦粉をつけて天ぷらを作製。天婦羅蕎麦にする。美味。また佐々木から電話があったと思ったら、今度は違う佐々木さん。隅田川在住の金拾いの名人の方の佐々木さん。「坂口さん、多摩川住んでいるって鈴木さんに聞いたよ。やってんの?」「やってるよ。何だよ、佐々木さん」「いや、さっき、多摩川の水が汚染されてるってニュースやってたよ。いひひひ」この男、とにかく電話魔でよく変な電話してくるのである。隅田川から多摩川へ。一体、何なんだ、これは。そんな感じで、今日も一日がすぎていく。幻冬舎で書き下ろす予定のこの多摩川生活。一体、どんな形にすればよいのか、訳が分からないまま進んでいるが、なんとなく、今日また一つ思いつくことがあった。

2009年4月22日(水)多摩川生活日記第八日目

第八日目①

第八日目②

第八日目③

第八日目④

午前6時起床。昨日は雨漏りしないと思っていたら、結局してた。しかも、自分の頭の上にぽつんぽつんと落ちてきていた。ちょっとずれて横に洗面器を置いといたらばっちりだった。朝から、ソーラーパネルをセットして自家発電開始。うまくいくといい。朝食はバナナ食べて、ご飯とみそ汁。朝から少し原稿の仕事をして、外出。ホームセンターのコーナンへ歩いていき、長靴と種を購入。これだけは買う必要がありそうだ。本格的に畑に進出する気満々でロビンソンの家へ行く。僕のための畑の場所を指定されたので、そこを耕していく。といっても、区民農園とは違い、雑草がぼうぼう生えているので、開墾作業から始まる。初めてやったが、ヤブガラシというザ・キング・オブ雑草の根が深く、強く、やたらと時間がかかる。こりゃまるでダッシュ村状態である。横には野いちごの実がなっていて、食べる。美味。ここは一体どこなのか。コヨーテの佐々木さんから電話。次号のコヨーテでは僕が作った家と多摩川での次世代生活についてハロー!ワークス拡大版をやろうと決まる。はい、がんばります。春秋社の篠田さんから電話。ゲラが来週頭に出てくるそうだ。いよいよ、コンパクト革命(仮)も産まれそう。多摩川に持ってきてもらうことに。発汗。お昼休憩。今日は野草とベーコンの焼きそばを作る。美味。すっぱい味のする野草も入れた。午後3時過ぎにはロビンソンもヘルプに入って、耕し続ける。夕方5時にようやく終了。こんなに大変だとは思わなかった。非常によい経験となる。その後、隣人のヤッさんの描いた漫画などを見せてもらい、ご飯を炊いて、納豆ご飯とチキンラーメン卵入り。雨水で冷やしていたアサヒビールと共に。食後、お湯を沸かし、体を洗う。家、雨水飲んで、野草で飯作って、ソーラーパネルで充電し、コンピューターを駆使し、畑を耕す。一体何時代の生活様式なのか訳のわからないままであるが、僕にとっては実践してみたかった生活が今、目の前で繰り広げられている。何でもやろうと思えば、できるもんだ。明日は茄子とトマトとかぼちゃの種や苗を植える予定。なかなか原稿には置き換えられていないが、とにかく今は体験しつづけていこう、と方針を決めた。

2009年4月21日(火)多摩川生活日記第七日目

第七日目

午前5時頃起床。戸塚の家。エココロ四次元ガーデンの原稿。午前8時に完成。送信。その後、午前9時過ぎに外出。仕事も落ち着いてようやく多摩川生活を再開させる。お昼前にロビンソンの家へ。まだあんまり調子がよくないらしい。自分の家に帰ってきてみると、なんと作らないといけないと思っていた雨樋が出来上がっている。えっ?と思っていたらロビンソンが訪ねてきて、作っといたよー、とのこと。僕は多摩川の父からちょっと過保護に育てられているのかもしれない笑。今日は雨が降りそうだったので、これで雨水を貯めることが出来る。楽しみである。お昼過ぎに京都からタローが訪ねてくる。多摩川、隅田川で映画を撮影してみるという試みを一緒にやってみようと思っている。ビール買って、部屋で飲む。ヴァンダの部屋みたいになるんじゃないすかーとタローは興奮していた。やってみよう。資生堂の雑誌「花椿」の編集部から電話。インタビューをしたいとのこと。多摩川に近日中に来てもらうことに。面白くなってきたもんだ。その後、ナベも彼女のブーちゃんを連れてやってきた。みんなでアフタヌーンティー。バンクーバーの原さんとスカイプ。9月に参加する白夜祭の打ち合わせ。多摩川の家を見て、興奮していた。こんなところでスカイプで仕事ができるというのは本当にSFのようだ。ロビンソンからバッテリーとコンバーターを借りる。本当に何でもこの人は持っている。これで、僕が持ってきたソーラーパネルを使えば、パソコンが永遠に充電しながら使えるのである。これであれば、何も家庭用の電源が必要ではないし、さらには太陽光で発電しているので、もちろん0円である。これは実験して調査していきたい。今日の写真はそれ。とにかく多摩川での生活は可能性を感じさせてくれる。夕方はロビンソンの畑仕事を観察。僕も畑を与えられているので、明日ぐらいから作業に取り掛かってみたらと言われている。夏野菜を育てる予定。タローとロビンソンの育てた小松菜とからし菜を摘んで、そのほかに自生している浜大根とクコの葉っぱも摘んで、ご飯を土鍋で炊いて、野菜塩ラーメンを作って食べる。美味。珈琲をのんでゆっくりする。午後6時過ぎにタローは帰っていった。雨がちょっと降ってきた。今度は雨漏りはしないようだ。部屋で執筆をして、ゆっくり過ごす。

2009年4月20日(月)

午後12時に浅草駅で、小学館の村山さん、豆野さん、漫画家ののりつけ雅春さんと四人で、焼酎一升瓶やらビールやら肴やらを手に隅田川の鈴木さんのところへ。鈴木さんを巻き込んだ、新連載を企画中なので、そのことも含め、視察団。今日は気持ちがいいので、オープンテラスで川を眺めながら、乾杯。鈴木さん、ナポレオン拾っちゃったよーというので、月曜日の昼間から、ブランデー。しかも二本も飾り物付きで拾ったのだそうだ。やるねえ。ということで完全に酔っぱらい、鈴木さんの成功&性交話で盛り上がる。午後5時頃までみっちり飲んで、こちらは完全にグロッキー。イーモバイルが京都から届いたので、また戸塚に帰る。なかなか始まらない多摩川生活。イワシの蒲焼き丼を食べて、寝転ぶ。メールが届き、また色んな話が舞い込む。面白くなってきている。また変化が起きているのを肌で感じてきた。こういうときを最近は事前に感じ取れるようになってきた。しかし、胃と肝臓は多少疲れ気味。映画監督のタローも上京してきたようだ。明日からは、ちゃんとアオト離れて生活をしよう笑。

2009年4月19日(日)

昨日から徹夜で、話をした後、破天荒かっちゃんと、みどりちゃんは仕事に行ったので、サカちゃんと二人で歩いて喫茶店へ行き、モーニングを食べる。何も食べてなかったので、ハムサンドをちょっと、ホットケーキ、さらにチキンサンドを注文、カフェオレ。その後、サカちゃんの家に戻って作業少々。今日は一日ぐったり、ピクニックの予定だったが、行けず。その後、本屋で廣瀬純さんの著作を買って読む。こんな元気な人は珍しい。大学で教えているのだが、それがおもしろすぎると言っていたことが印象的であった。大抵の大学教授は、大学での教育に絶望しているのに。話を聞いていると、それはそれは過激な授業であるようだが。昨日来てくれた人たちから反応のメールなどが届く。励みになります。感謝。で、新幹線で帰ってくる。イーモバイルを京都にて忘却。すぐ送ってもらう。戸塚に帰る。多摩川ではサマーベッドに寝すぎて、腰に大打撃。おれは馬鹿か。戸塚でぐったり。なかなか川の生活が再開しない笑。

2009年4月18日(土)

午前7時頃起床。朝食を食べて、外出。一旦、国立の家に帰ってきて、バンクーバ用、ロンドン用作品を梱包し、新宿へ。FEDEXで送付。そのまま新宿駅から東京駅まで行って新幹線で京都へ。今日は須川女史たちが運営しているhanareというカフェの三周年記念パーティーでトーク&ライブ。午後2時過ぎに会場であるアンチョビカフェへ。現代美術家の高嶺さん、キュレーターの遠藤くん、思想家の廣瀬純さんと須川さんと5人で話す。なんだか凄い人数の人々が集まってきているようで、こりゃ頑張らないかん。午後5時第一部スタート。遠藤くんと廣瀬純さんのトーク。廣瀬純さんのことは知らなかったのだが、妙にシンクロするところがあって、久々に人に会って興奮した。なかなか出会うことの無い似たタイプの人間。純度が高く、とても励みになる。そういう人を会わせてくれるのはさすが須川さんである。映画についての過激な話。観客が熱狂した。そして、第二部の僕と高嶺さんのトーク。廣瀬さんに触発され、のっけからヒートアップしてしまい、結局いつもの独演説大会状態なってしまうが、面白くなったのではないか。その後、とにかく来てくれた人たちと話す。話しすぎて偏頭痛。ミックに場所を移し、また廣瀬さんと映画や、思考について話し合う。こりゃ面白い。創造的な映画評論。インスピレーションになる。その後、京都精華大学の学長とも建築についての話。これまたとても刺激的な話。もっともっと僕もやらないかんと思いました。で、気づいたら午前2時。その後、スタッフだった川勝くんの家でお泊まり。のはずが、結局ここでも話してしまい、みどりちゃんと、サカちゃんと四人で、話したり、川の字になって戯れて寝転んだり、一体何をやっているのか。結局徹夜した。酒も飲まずに、気づいたら朝食しか食べてなかった。おいおい。僕は学生か。

2009年4月17日(金)

フーの祖母の告別式。

2009年4月16日(木) 多摩川生活日記第六日目

第六日目

午前5時起床。気持ちがいいのですぐ起きて多摩川沿いを散歩する。その後、帰ってきて饂飩を食べる。ロビンソンの風邪がなかなか治らないらしい。様子を見に行くが、体が動かないとのこと。ディスカウントショップOKへ行き、アミノバリュー二箱購入。薬局に行き、風邪に効く滋養ドリンクを購入。持っていく。張り切って、毎日一緒に作業してくれたから疲れたのかもしれない。雨が降った後なので、畑の水やりもしなくて大丈夫そうなので、今日も一日ゆっくり寝てるとのこと。僕は自分の家を手直しして、トイレをしたりする。その後、部屋で原稿を少し書いていく。バンクーバーでのオークションにまた出品することに。明後日、京都でトークショー&ライブがあるのだが、その参加者が100名を超えているのだそうだ。参加費2000円でこれは凄いんじゃないだろうか。ということで、ライブがんばらなくてはいけないのでひたすら野原でギターをかき鳴らす。午後2時頃、コヨーテ編集者佐々木さんがビールを持って視察に訪れる。6月号で、多摩川生活の特集をハロー!ワークスの番外編でやることになった。本人でも書くことになっているので、月末までに結構な原稿の量が必要になってくる。佐々木さんと飲みながら気持ちの良い昼下がり。午後4時過ぎに佐々木さんと一緒に多摩川を離れる。明日はフーのおばあちゃんの告別式、明後日は京都なので今日から一時帰宅する。その前に、恵比寿で降りて、ミネちゃんの事務所へ行く。ケイちゃんにイラストを頼まれたので得意の即日目の前イラスト作成。ケイちゃんが寿司を買ってきてくれた。食べると、胃が少しびっくりしている。楽しいイラストを数点描いて、家に帰ってくる。スペクテイターの立体読書新作、バンクーバーに送る絵、ロンドンに送る資料、色んなことが同時進行している。作業をするも午後9時に寝るのに慣れているので眠い。

2009年4月15日(水) 多摩川生活日記第五日目

第五日目①

第五日目②

午前3時頃目が覚めると、雨がほどほど降っている。気づくと、ポタポタと水の音。来た来た、雨漏り。それが嫌じゃなくて、イベントのように感じられるから不思議である。普通に家を借りていたら怒るんだろうけど、自分で作ったら、そうも言ってられないのである。とりあえず、鍋を持ってきて、それを置いて、寝る。午前6時頃また起きると、雨はすっかりやんでいた。これまたロビンソンの予報通り。なんだろうこの人は。もう既に、僕の師匠でありながら、父親のようでもある気がする。いっつも怒られるんだけど、その後、フォローしてくれる。挑戦しようとしていることは認めてくれているらしい。朝、陽気。雨の後に、天気がよくなることがこんなに気持ちのよいこととは。鳥が喜んでいるように歌っている。虫たちももちろん交尾をどこそこで行っている。とりあえず、ご飯を土鍋で炊きまして、みそ汁を作って、その辺から、また自生の浜大根の新芽と花を摘んできて、みそ汁の中へどぼん。ソーセージも湯がいて、珈琲入れたら多摩川モーニングセットの出来上がり。おーうまそうだなとロビンソンに褒められる。うれしい。その後、昨日の雨漏りの修繕作業。ロビンソンに雨漏りしたら、その部分よりも高いところに穴があると教えられたので、脚立を使って屋根の点検。あったあった三つも小さな穴が雨漏り部分よりやや高いところにあった。こうやって知識と実体験が合体する瞬間は、子供の時に自分がやろうと意識したものを上手にクリアできたときの興奮に近い。喜んでロビンソンのところへ走って修繕完了しました!と言いにいく自分がいる。こんな陽気は素晴らしい。おもわずフォーションのアップルティーを開ける。コンさんのところへ遊びにいくと、ペプシの1.5リットル新品をくれた。落ちてたそうだ。坂口さんには何でもあげると言ってくれた。こんな友人がいるのは心強い。彼はロシアの血が入っていて大男。映画に絶対出てきそうなキャラクター。その後、川崎駅まで行く。今日は、誕生日を祝いに、フーアオが来てくれる。喜んで駅まで迎えにいく。久々に行く駅は大きくてちょっとびっくり。歩いて僕の家まで。ロビンソンに挨拶して、フーが焼いてきたチーズケーキを渡す。どうやらロビンソン、連日の僕との小屋作りに疲れたのか風邪引いたらしい。すんません。今日は僕も作業はやめて、ゆっくり。というか全く原稿を書く気になれない。そんなことより、外を歩いて、新緑を味わう方が先だと思ってしまう。ここでは。フーアオと三人で家の前でピクニック。柿、レモン、梅、スモモ、桃の木に囲まれながら三人でアップルティーを飲みながら、チーズケーキを食べ祝う。アオは柿の新緑を触りながら楽しそうだ。こんなところで子供が育ったならば気持ちのよい人間になるだろうな。しばし、ゆっくりして、その後六郷土手駅まで送っていく。バンクーバーの原さんからメールがありやり取り。それがこの多摩川で出来るというのも面白い。さらにMONOCLEというロンドンの雑誌から0円ハウスの写真を掲載したいとのオファー。この雑誌はWALLPAPERの編集長がやっていて気になっていたのでとてもうれしい。すぐに画像を送る。山口県の大島から紅さんがメール。新しい仕事の依頼。なんだか、多摩川なのに色んなことが蠢いている。ロビンソンに栄養ドリンクの効き目の強そうなものを買ってきて持っていった。そしたら、ロビンソンが起きてきて、なんと肥だめ用の白バケツをとうとう僕に渡してくれた。それまでは、まだまだ、と言っていたのに。少しずつ認められている。これで排泄物を肥料に変える実験を始めることができる。後はゆっくり窓を開けてパソコンし、読書。日が暮れる前に日記が書き終わる。生活の時間帯が少しずつ変化している。何人かの知り合いから多摩川生活日記面白いですとのメール。感謝。夜、試しにバケツでトイレをしてみた。さすがに家の中だと匂いが残りそうなので、これからすべて外に出て貯めることにした。一ヶ月後にロビンソンに肥料としてプレゼントできれば素晴らしい。

2009年4月14日(火) 多摩川生活日記第四日目

第四日目

午前6時起床。雨が降りそうだったが、ロビンソンが絶対に降らないと言うので安心してたら本当に降らなかった。この人海洋気象もやっていたので、とにかく人肌で天気予報ができるのだそうだ。そこらへんのテレビに出てくる数値だけしかみれない予報士は駄目だ、と言っていた。その通りかもしれない。彼は外にでて15年、その前は船員だったこともあり、とにかく天気は当たるのだ。近所に住むおばちゃんもロビンソンさんの予報は当たるからねと自慢していた。幸せそうなロビンソン。で、朝から昨日太田出版の北尾さんからの差し入れである新井英樹氏の「宮本から君へ復刻版第四巻」を読みながら朝焼けの涙。多摩川暮らしをする自分とついつい重ね合わせてしまった。とかやっていると、ロビンソン。朝食食べたかー?といいながら野菜炒めを持ってきてもらう。僕は貰った土鍋でご飯を炊いて、それとハムで朝食。美味。雨が降る前にやっちまおーということで、すぐ午前9時より仕事開始。今日はなんと窓を付ける。しかも、「可動式にしたい」という僕のわがままを文句言いながらも喜んで受け入れてくれた。レールまで作って、窓を開けられるようになった。感動。これはもうイガヤクニオの家ではないですか?H.D.ソローのウォールデンの小屋ではないですか。興奮して、座ったり、眺めたりする。三畳間なのに。こんなに興奮するのである。人間これでいいじゃないか。というかこれが一番いいじゃないか。僕は31歳にして自分が一番満足できる小さな空間を手に入れた。コルビュジェの小屋の気持ちもよく分かった。写真見てくださいよ。いいでしょ。ぐふふ。午前10時からテレビディレクターの津金さんも入って、撮影。というかもうロビンソンと僕との仲間入りなので、撮影というかなんというか。津金さんも感動してくれていた。部屋の中へ入って、珈琲飲みながら、牛深ハイヤを歌ってあげた。これは来週の京都でのライブの練習も兼ねて。その後、コンさんから預かっていた金と白金をもって質屋へ。なんと本物の18金であった。7000円換金。それを持って、コンさんのところへ行くと喜ばれ、しかも1500円お駄賃くれた。なんとここで仕事まで見つけたのである。金売りの代行。コンさんは一つ500円で業者に売っていたらしいので、これからは全部坂口さんにあげると言っていた。稼いだので今日はご褒美で、六郷温泉へ。こんなにお風呂が気持ちのよいものだとは。一時間浸かる。疲れを癒し、部屋へ戻り、ランプに灯をともし、読書。ソローの気持ちが身にしみる。誕生日を祝うメールがいくつか届いた。感謝。家はほとんど完成。明日は最終的な仕上げ。ここが今月と来月の坂口恭平研究室兼打ち合わせ事務所となる笑。看板を作らないと。とか言っていたら、雲行きが怪しくなり、雨が降ってきた。ちょっと怖い。雨がこんなに怖いものとは、しかし、それは雨水を飲むロビンソンにとっては恵みの雨でもある。初めての雨の夜。ロビンソンといることがとても安心なことであることを実感する。

2009年4月13日(月) 多摩川生活日記第三日目

第三日目

午前6時起床。天気がよい。鳥のさえずり。ロビンソンは朝はゆっくり過ごされているので、僕もゆっくりする。多摩川沿いを散歩。本当に贅沢な日々である。そりゃ生活は便利ではないけれど、自前の場所があって、周りには緑が恐ろしくたくさんあって、アゲハチョウは僕の目の前で交尾をしている。春まっさかり。そして、今日は僕の誕生日。といっても何にも関係なく、多摩川な日々を送る。フーアオはもうちょっとしたら来るといっていた。31歳にもなって、嫁と子供を置いて多摩川で小屋建てて、それが僕の本業なのだから、人生とは面白いもんだなと歩きながら思う。野草図鑑を借りたので、それを手に、自生している浜大根の花と新芽が道に繁殖しているので、トムソーヤのごとくそれらをつまみとって生で食べながら家に帰ると、隣人のヤッさんが、「おっ、生で食べておいしいんなら、この生活合ってるかもね」と言われる。なんだかアフリカでの日々を思い出した。ヤッさんは僕がコンさんに貰った、ブレンディーとフォウションのアップルティーに興味があるらしく、これまた自生しているクコを乾燥して煎って作ったクコ茶と交換。クコ茶、甘い。美味。ヤッさんは絵描きで、興味深い絵を描いている。次は絵本のコンペに出そうと意気込んでいた。愉快な人。食事はほぼ0円で、自生の野草でお茶を作り、おひたしを作り、炒め物を作って生きている。5年目になるそうだ。ロビンソンにすべてを教わったそうだ。そろそろ小屋作り作業。今日は勢いづいて、一気に屋根と壁も出来上がった。かなりいい感じである。横にはレモンと芭蕉が植わっているし、なんだか南国の集落の小屋のようだ。お風呂のドアまでつけちゃった。ヤッさんが嫉妬している。31歳にして、自前の一戸建てを持つことになった笑。とにかく色んなことを吸収しよう。ディズニーランドよりも、ロビンソンランドっすよ、と興奮して言うと、ロビンソンは笑いながら、まんざらでもなさそうで、「エコ、エコっていうけど、あれはエコノミックアニマル、つまり日本人自分たちのことを言ってんだよ」と言った。彼には思想がある。小屋を早く作り上げて、ロビンソンの取材をしたいと早まっていると、ロビンソンは落ち着いてまずは自分の住処をちゃんと作りなさいと言われた。ヤッさんは「おいおい、これじゃ、十年戦士用の家じゃないかよーー」とまた言っていた笑。春秋社の篠田さんから単行本のレイアウトが送られてきた。月末には校正が出てくる。そんな作業やりながら灯油のランプの中、仕事をする。

2009年4月12日(日) 多摩川生活日記第二日目

第二日目

午前6時起床。鳥の鳴き声で目を覚ます。曇っておりちょっと寒い。ガスコンロでお湯を沸かし珈琲を飲み一服。ロビンソンのところへ行くと朝食をごちそうになる。炊きたてのご飯とみそ汁と野菜炒め。みそ汁の作り方にまた発見がある。今日は僕の小屋作り。滞在する約一ヶ月間の間だけ住めるための場所を作る。今回はロビンソン師匠にゼロから小屋作りのイロハを教わりながら制作する。まずは縄張りという作業。建築学科を出ているのにもかかわらず、大工で家を二軒ほど建てるのを見ているにもかかわらず、そういった決まった行程ではない状態で人間が住む家を作ることの現実感が無い。これはいかんな。しっかりとロビンソンに叩き込まれる。取材に来たつもりが、完全に弟子入りである。しかし、今回は完全にそこに入り込んで体験し、その中でロビンソンが人々に伝えようとしているものを感じ取ろうと思っている。昼過ぎに太田出版の北尾さんが家族を連れてやってくる。その後、亮太も来て、作業を一緒にしたりする。二軒隣のコンさんとも話す。周りの人にも挨拶などをする。猫を世話しているおばちゃんに自家製カブの漬け物を貰う。ここでは、僕も自立してやっていかなくてはいけないと実感。そして、そんなとき、どうすればいいのか、なかなか実体験を伴っていないのですんなりアイデアが出てこない。まあそうやって少しずつ勉強していくんだろう。天変地異が起きたときの話、ロビンソンの生い立ちなどを取材しながら小屋作りは午後5時頃まで行う。夜は白飯を分けてもらい、みそ汁、焼きそばを自分で作り、これまた貰ったビールも。まだまだお世話になりっぱなし。隣人に、自生している植物の見分け方なども教わる。一体ここはどこなんだ。取材より先に、まずはここをしっかりと体験するのが先決だ。

2009年4月11日(土) 多摩川生活日記第一日目

第一日目

落ち着かず午前3時起床。そりゃ落ち着くわけない。興奮して目が覚める。その後目をつぶってイメージトレーニング。全く準備していない。どんな生活を送るのかも分からない。第一、煙たがれる可能性大。でもそんなの気にしない。これは未来の住宅へのヒントが隠されているのだ。私欲を無視してほっぽり出して、未来の人間の為に可能性を探しだそうと思う。午前9時前に戸塚を出発。フーアオとしばしの別れ。といってもすぐに僕の誕生日が訪れるので、多摩川に遊びにくるらしいが。アオにも見せたい。色んな生き方があるんだということを。何でも駄目駄目言ってんじゃなくて、何でも体験させて育てたい。それでないと嫌か好きかなんて理解できる訳が無い。そのためには親が何でも恐れずに体験しないといけないのだ。それを信じて身を以てあらゆることに挑戦していきたい。で、午前10時前に川崎駅へ。テレビディレクターの津金女史と待ち合わせ。彼女も僕のドキュメンタリーを撮りたいと考えてくれているぐらいなので、挑戦そのものだと思う。ぜひ成功してもらいたい。で、多摩川のロビンソンクルーソーの家へ行く。今日からお世話になりますというと、本当に快く受け入れてくれた。彼は僕を買ってくれている。これは本当にがんばらないとな。ゾクゾクする。今日はまず、この間ロビンソンを紹介した高校の同級生である小島ちゃんのやっている畑の顧問をロビンソンがすることになったので僕も手伝いに行く。横浜のいずみ野へ。初めて畑を耕す。その後、いろいろな植物、野菜の名前と形状を教えてもらう。これはとんでもない体験になるかもしれない。とにかく興奮する。二時間ほど作業をして多摩川にかえってくる。その後、僕の仮小屋の作成。すぐにできあがりびびる。インターネットを試すと、イーモバイル完璧につながる。電源もロビンソンの発電機を使うとばっちりであった。これがアップルが60年代にやりたかったことだと確信する。夜はロビンソンがラーメンを作ってくれた。豚の脂も入っていて美味。ビールも4本も貰う。なんだなんだ。この生活はいよいよはじまる。だから日記も即日更新ができるのである。明日は太田出版の北尾さんと亮太が遊びにくるらしい。二件隣のKONさんのところへ遊びにいくと、ギターを貸してくれた。これで来週の京都のライブの練習もできる!!!。いやー、坂口さん来たのー!なんて喜ばれ、この社会に認められたことを実感。午後8時前ですが、ビール飲んでもう寝ます。朝は鳥の鳴き声がすごいらしい。ジャングル生活はじまりはじまり。

2009年4月10日(金)

午前6時半起床。今日から始める予定であったが明日からに変更した。フーアオと順天堂病院へ。アオの診察。今日は小児科ではなく小児外科。こちらは臍の具合と、非対称になっているアオの体の件で。山高医師と久しぶりに会う。非常に信頼できる人である。臍、体共に現状は何も異常なしとのこと。ほっとする。今度は一年後に診てもらうことに。アオはまた血を採られたりして泣いていてかわいそうであったが、経験豊富であることは決して無駄ではないので、彼女にとっても素晴らしい財産になるであろうと思う。僕も、何度かかなり危険な状態になったことがあるが、あのおかげか知らんが、今でもギリギリの時に妙に生命力が漲る。また電話があり、フーのおばあちゃんが午前7時20分に亡くなられた。何か色んなことが蠢いている。病院の後、アップル渋谷へ行き、修理中のMacbookを引き取りにいくが、なかなか出てこない。一時間以上待ってようやく出てきた。これで万全である。その後、この前テムジンの吉田さんに連れて行ってもらった上海食堂という中華料理屋で昼食を食べる。ここは、まるで香港で初日に食べた雑多な地元民しか集まらない料理屋のような雰囲気がある。腹一杯食べる。そして、戸塚にかえってくる。PCの復元作業。時間がかかるが、無事完了。FUの注文が入った。感謝。メールが送れなくなっていたらしいとも教えてもらい、すぐハザマが直してくれた。夜は、フーアオフー母と新装開店したイタリアンタッキーへ。ここのパスタは本当に美味である。いよいよ明日から、多摩川へいくことをロビンソンクルーソーに電話して伝える。ドキュメンタリーの取材も初日から入るらしい。どうなるか分からんが、とにかく何でもやってみよう。アオと二人でゆっくり風呂に入る。

2009年4月9日(木)

午前7時起床。明日の準備。その後家で映画を観る。「告発」というアルカトラズ刑務所の実態に迫った実話を基にした映画。これは凄い。善き人のためのソナタも良かったが、こちらも唸った。モチベーション高まる。今回は、もっと深く突っ込んだ取材をしていきたいと思っているので勉強になる。まだまだ知らないものがとてつもなく多くある。そのことをしっかりと考え直さなくてはいけない。無知であることを再度自覚し、次に突き進もう。森の生活を再読しながら、多摩川とだぶらせる。考えていることは同じだと思う。同じであることは新しくないのではない。同じであることの違いに気づくことがこれからの生活には必要であると思う。そんなことを考えながら、フーアオの二人は多摩川生活の間、フーの実家へ行くので、荷物を持って僕も一緒に行く。新宿に着くとフー母から電話があり、フーのおばあちゃんが危篤であるという報告。すぐ中野駅からバスに乗り、病院へ直行。僕はこれまで会ったことが無かった。これが初めてとは何ということだろう。今年の1月1日で100歳になられていたそうだ。アオは病室には入れないので会わせることができなかった。その後、フーアオフー母と四人で戸塚へ帰る。

2009年4月8日(水)

午前7時起床。午前中ゆっくりして外出。午前10時半から外苑前のTWIGGYでクミちゃんに髪切ってもらう。10日から多摩川生活が始まるので、さっぱり切ってもらうことに。話をしていると、TWIGGYのオーナーがキューバに旅行に行って、キューバの自給自足が凄すぎるらしいとの情報。知らなかった。多摩川のロビンソンクルーソーのような生活を政策として実行しているとのこと。これは調べんと。お昼はカツ丼と狸うどんセット。その後、Macbook持ってアップル渋谷へ。メンテナンスしてもらう。どうやら致命傷ではないとのこと。10日は間に合うらしい。が、いつもギリギリ。その待っている間、ツタヤの本屋で立ち読みしてたら営業中の亮太とばったり会う。最近こういうの多い。一度家に帰って夜は銀座へ。朝日新聞の矢部さんと増渕さんと三人で日本酒が飲める洋食屋(!)元酒屋へ。矢部さん好みの店。久々に会い近況を話す。その後、以前も連れていったもらったワインバーが移転したというのでそこへ。シャンパンを飲む。その後、増渕さんは帰宅し、矢部さんと二人で三軒目にいくも、完全に酔っ払う。タクシーで矢部さん帰宅後、終電が無いので、朝まで銀座。始発で帰ってくる。

2009年4月7日(火)

午前6時半起床。起きて体が軽かったので走る。近くの保存樹林と広大な畑の真ん中を30分ランニング。で、走っているときは調子が良かったのだが、家に帰ると膝がガクガクして足が痛い。僕は馬鹿か。朝7時にして既に今日一日ダウン状態。ためしてガッテンでヒントを得たのでホットケーキを作り、やっぱりそれだと美味しく出来た。しかし、疲れきってしまい原稿書けず。ハザマに借りたデジカメの説明書読みながら触る。いい感触。その後、ソーラーパネルやインバーターなどの設備の準備。多摩川でもモバイル環境万全を目指す。フー碧と一緒に吉祥寺へ行く。ヨドバシカメラ。その後、おばあちゃんの玉手箱に行き絵本を購入。ココ良い。TONEにも寄って、FUのジュエリー売り込みのための見学。ハザマから電話があり、FUのウェブサイトがリニューアル出来たとのこと。良い感じに仕上がった。夜、Macbookで作業をしていてアップグレードしていたらちょっとパニックになっている。再起動しても動かない。壊れた?明日、アップルに持っていこう。まあ、いつものことだが、簡単には異世界には入らせてくれない。儀式と思って受け入れることに。僕の場合、変革しようと場所を変化する時に決まって起こる。たぶん、それでもやりたいのかということを試されているんだろう。じっくりやっていこう。碧をお風呂に入れた後、碧より先に寝ていた。

2009年4月6日(月)

午前7時起床。照り焼きチキンサンドとピザトーストを食べて、フーのウェブサイト作業。その後、新しい企画の構成案に取り掛かる。資料読みながら。昼過ぎまでやって、外出。24を持って、お土産買ってハザマの家へ。デジカメを借りる。この前、モントリオールで僕がお土産に買ってきたアイスワインを飲む。美味。というか、いつもお土産で買ってくるばっかりで飲んだことなかった。またトロントでも買って来よう。その後、ガーリックスープを飲みながら山崎ロック。FUのリニューアルを依頼。その後、0円ハウスのウェブサイトについて話す。日記を書き始めて丸五年。リニューアルして二年半。これまで80カ国の人たちが訪れてきている。中には知らない名前の国の人まで読んでくれている。日記の量も膨大になってきており、約400ページのこの情報は、全てキーボードを叩いて作り出したある意味アナログなわけで、毎日蓄積していくアナログというものは、実はデジタルと隣合わせにあり決してデジタルには真似が出来ない。まさにDig-italということとも直結してきているかもしれないとかなんとか話す。毎日の筋トレのごとく書き続けるテキストにはデジタルの中でこそ可能性を秘めているのかもしれない。そんなことを話していたら、一つヘンテコなアイデアが閃く。笑う。有り得るかもしれん。午後8時過ぎに帰宅。スペクテイター編集部から電話。立体読書について。今度は芥川龍之介。もう完成している。ロビンソンクルーソーの原稿に取り掛かる。コヨーテの佐々木さんから電話。次号は多摩川の生活の特集にすることに。夜は「告発のとき」という映画を観る。これも実話。現実が複雑化している。非常に参考になる。曖昧なところへダイブ出来るか。そこが肝心なのかもしれない。

2009年4月5日(日)

午後7時帰宅。風呂に入ってしばらく作業して寝る。10時頃起きてきて朝食を食べてゆっくりする。昼食は予約してイルマーレへ。初めて入ったがなかなか良い感じのイタリアン。フーアオとタンゴの四人で向かう。駅前のサクラがとんでもない満開になっている。自家製パンが美味。さらに前菜、スープが付いてトマトと揚げ茄子のパスタで食後には珈琲まであり1000円。安い。パスタの味はまあまあ良い。やはりイルジラゾーレは凄い。その後、駅前を歩く。アオ爆睡。その後、さくら通りも歩き、途中でさくらフェスティバルと称した警察官、消防書、テキ屋、バザー、などが集まっており、その中を歩いていると、なんだか「あの世」の世界に入り込んだような気分になる。歩いている途中で四次元ガーデンを一つ採集した。そこは駄菓子屋だったのだが、入口に変な手作りクジなども置かれてあり、変。しかし、春になればまた四次元ガーデンたちも花開くので今年も楽しみである。その後、さすがに歩き疲れてタクシーで駅まで戻り、タンゴと別れる。帰宅後、映画を観るも、睡眠不足。一眠りする。本屋で次の企画のための資料を購入。今度はまた違う種類の方向性でやってみる予定。資料として読みながらついつい入り込む。その後、多摩川での生活のためにE-CAにてMAC用Eモバイルを一ヶ月だけレンタルする。どうやら多摩川河川敷も圏内に入っているようだ。これで12ボルトバッテリーで充電し、インバーターで変圧してコンピューターが使えると非常に面白い実験になる。ロビンソンクルーソーは100ボルト発電機も持っているのでそれも使えるのだが、12ボルトでも試してみたい。そして、雨水を飲むことになるのか?それもぜひ試してみようではないか。下肥作りにも励んでみよう。鳩の卵もラーメンに落としてみよう。夜は送られてきた画集二冊を読む。

2009年4月4日(土)

午前6時起床。太田出版北尾さんから送られてきた原稿圧縮作業第二章。少し変更し、完成。同時に絵も描く。それも完成。お昼までにほぼ終らせる。今日は花見があるので、昼過ぎてすぐ送信。その後、外出。日本酒とフーが揚げてくれた安納芋チップスを手に二子玉川へ。会場になっているナンペイの家が二階で、目の前に大きなサクラの木。まるでつげ義春の李さん一家のような、ツリーハウスのような、夢のような風景を眺めながら日本酒で花見。ミネちゃんも来てた。トミーも来てた。12、3人来てた。家の中で花見をしたのは初めてだ。こういうのもいいな。楽しむ。その後、お先に失礼して、新宿駅で建築家の先輩平山さんと後輩光嶋三人で「くらわんか」にて宴会。で、のっけから僕がふっかけて若くもないのに激論を交わす。建築家たちはもっとどんどん建築を作った方がいいと思う。環境のことなんか気にせず、顰蹙を買うようなものを作ったほうがいい。建てた後に、申し訳なさそうに木なんか植えずに、もっと純粋な建築を地面の上にゴロンと転がした方がいい。さすがに光嶋は疲れて、その後平山さんと二人で近くのジャズバーでボウモアダブルをロック。御馳走になる。その後、酔っ払ったので帰ろうかと思ったが、トミーがやっているイベントに顔を出すと言っていたのを思い出し、しかも、中央線終っていたので渋谷駅まで行き、タクシーで下北へ。ROOMへ行く。当然、ガンガン踊る。僕はいつも考えるだけ考えて後は、DJに会わせて音楽聴きながら踊り狂えば、次の日には構想がまとまるという特性があるので、気を抜かず必死に踊る。で、いきなりそこでやっているDJがヤバかった。YATTという二人組のDJでかけている音楽がどこか異国のクラブで踊っているような気分になるようなものだった。踊りに専念し過ぎていい曲がたくさんあったが聴くのを忘れたし、聴いたものも忘れた。コレが最後にかかっていて良かった。トミーのイベントが素晴らしいのは、僕にマイクをセットしてくれるからだ笑。いつもDJに合わせて勝手に歌をつけるのが僕にとっての音楽表現なのだが、マイクまでセットしてくれるのはこのイベントしかない。だから歌った。YATTの二人も気に入ってくれて今度MIXしたものを送るから歌を付けてと依頼を受ける。はい、そういうのがやりたいんです!今日はなんと特別ゲストでDokakaのライブもあった。ビョークとも競演している怪物なのであるが凄いエンターテイメントだった。ベース、ドラム、ギター1、ギター2、ボーカルを全て自分の声でループステーションを駆使して同時進行でやっていく。僕もやりたくなっちゃった。その後、トミーのDJに合わせてまた歌わせてもらい、僕は本当に幸せ者です。午前4時半にガソリンが完全に切れ、放心状態となり、下北沢を去る。帰りはいつものように、高尾まで爆睡し、そこで仮眠を取ってまた少し元気になっちゃって家に帰ると、アオはもう起きていた。オヤジはしっかり踊ってきたよ。太古の部族のお祭りの後とかこんな感じだったのかなとか適当に考える。家にはタンゴも泊していた。

2009年4月3日(金)

午前7時起床。太田出版北尾さんから送られてきた第二章の直しを読む。画像、挿絵なども同時に描いていく予定。しばし、作業をした後は今日はフーがジュエリーデザイン仕事をやるというので、僕はアオの子守り。読書しながらだと、納得がいかないらしい。面と向かってJurassic 5のConcrete Schoolyardかけながら二人で朝から踊りながら遊ぶ。お昼は久々に厨房に立ち、ツナとトマトのペペロンチーノを作る。やっぱり、弱火でじっとりと具を油と混ぜると美味。お昼を食べた後、アイデア練り。その後、外出。国立駅前の本屋で予習のため「上京アフロ田中」第一巻を購入すると、横になんとヒストリエの第5巻がひっそりと売っている。出てたのね。知らなかった。なのでそちらも購入。電車に乗って神保町。小学館へ。村山さんが降りてきて久々の再会。前回の企画は流れたのだが、ここで諦めては面白くない。また再度送ってみたら、今度は何か動きそうな予感がする。ということで一緒に今回は週刊スピリッツ編集部へ。初の漫画編集部。ゾクゾクする。編集長と「上京アフロ田中」の担当編集者と村山さんと四人で打ち合わせ。何をするとまだ決まっているわけではないので、色々と可能性がありそうな話をしていく。途中で、一つのアイデアが降臨。これは僕が今まで考えたことも無いことだったので、僕も興奮。それがスピリッツで出来たら面白いかもしれない。たたき台を早めにこちらから送ることを伝える。しかし、漫画編集部との打ち合わせ、今までにやったことが無かったが、可能性を感じた。僕ももっと多くの人に伝えたいことがある。そのためには手段を選ばず突き進みたい。打ち合わせしながら四人がしばし高揚した。こういう時は大抵うまくいく。帰りに「上京アフロ田中」全巻頂いた。感謝。その後、村山さんと小学館がもっているビルを巡る。そこに小さな隙間があり、なんと僕が住めるような場所を考えてくれているのだ。そちらの企画も進められたらいい。僕は完全なフリーな状態で仕事をしているわけで、今現在やっている仕事だけに集中していても駄目なのである。その次、そしてまたその次ぐらい、半年ぐらい先にいる気分で仕事をどんどん取ってこないといけない。しかも、僕は技術を持っているわけではないので、撮影をして下さいとか、編集して下さい、なんて仕事の注文なんて一つも来ないわけである。だから業種も様々なものを越境しながら、自分しかできないことだけをどこまで依頼主にやって欲しいと思わせていくかが鍵となる。それはまた同時に僕としては自己反復を繰り返さないようにするために自分で考え出した対処法でもある。自分自身に深刻になるな、自分の作品に深刻になれ。ホックニーの言葉が頭をよぎる。夕食は鯖の味醂漬け、煮物、納豆、ナメコと大根おろし、味噌汁、十穀入り玄米と素朴なご飯。胃が落ち着く。その後、OCTOBER SKYという映画を観るも、僕だけ、始まって5分ぐらいで爆睡してしまう。

2009年4月2日(木)

午前7時起床。朝食を食べて、タイトル案練る。しかし、なかなかこれというものが浮かばない。浮かばせようとしても結局無理だ。しかし、考えるのをやめても、出て来ない。考えながら、放り投げていると出てくる。はず。その後、アイデアが浮かぶんじゃないかと本棚から「森のバロック」取り出して来て読む。そしたら「第8章ポリフォニーとマンダラ」でドカンと来た。これ、今、一番自分が興味を持っているところ、自分がそうありたいと願う姿のことについて書いているように、僕には感じられ、高揚。そこだけ繰り返し読む。これは、聞きたい音楽と出会ったような気分である。そういう音楽を聞いたときの様子は今でも立体的に記憶している。埼玉の上福岡にある寮に住んでいた時に、先輩である林さんの部屋に入ったときにかかっていたサンタナの風の歌。サンタナってそれまでダサイと勝手に思っていたのが、キャラバンサライ聞いて一気に吹き飛ばされ、しかも、林さんはそれをプレイステーションで聴いていて、その時の空間が今でも手で触れるように記憶している。喫茶してたらマンゴスチンカフェ店内でかかっていたShuggie Otisとか伊豆で聴いたSTOP BAJONとか。そんな感じに近い。村上春樹の「風の歌を聴け」は、このサンタナの曲を聴けということに僕の中では勝手になっている。そんなことを考えながら、また新しい仕事のアイデアを練っている。4月10日からの一ヶ月執筆&生活in 多摩川が終ったら銀座4丁目で見つけた地番の無い誰のものでも無い土地の謎に迫っていきたいと思っている。土地の曖昧さ、矛盾について素朴に疑問を持っている。そのことをどうやって伝えていけば面白いか。それが出来れば無茶苦茶面白いはず。で、その後に、来るのが、ホントに実際に土地を借りて、僕が東京のド真ん中で0円生活を実験住宅として家族3人で暮らし始めるという構想なのだが。とりあえず多摩川で暮らせば次が見えてくるはずだ。そんなことを考えながらぼんやりする。午後5時過ぎに外出。新宿紀伊国屋で今度京都でトークすることになっている現代美術家の高嶺格さんの本を購入。作品を生では一つも観たことがないので本は読んでおこう。その後、代々木まで歩いて駅横の路地にあるアヒリヤという北インド料理屋へ。幻冬舎の竹村さんと打ち合わせ。多摩川のロビンソンクルーソーである船越さんについて秋頃発行目標に単行本を書き下ろす。今年三冊目の書き下ろし。しかし、大分体がついて来るようになった。30分ほど話した後、太田プロの谷口真衣さんも加わる。谷口さんも今、竹村さんが担当で小説を書こうとしているらしい。ここの料理美味。予想通り、谷口さんのお悩み相談的な展開だった笑。二時間半ほど過ごし、新宿へ行き。干物をつまみながら焼酎を飲んだ後、電車で家に帰ろうとしたら、真横にいたのが、0円ハウスの超初期読者寺尾くんであった。元気そうで何より。というか偶然続きである。

2009年4月1日(水)

午前6時起床。最近、この時間になると目が芽がピキンと音を立てて開き、そのまますぐ直角に起き上がり、アオとフーを除けてカーテンを全開にし、東から登る太陽を直視する。今日は曇り。しかし、そこから漏れている光がいいじゃないか。昨日のミラクルから、また何かおかしな空気と波が襲ってきている。それに乗ることにした。午前中、完全にまた分裂気味の仕事状態を把握するために、紙に今、取り組んでいる本、絵画、プロジェクト、展覧会を書き出す。ますます焦点が合わないが、ステレオグラムを観るときのようなイメージで、焦点を合わせずに、遠くを見ているような感覚で仕事をしていると、普段の感覚では絶対に結びつけられない、物どうしに関連性を見つけ出すことができる。もっと違う場所へ行きたい。まあ、でも少しずつ少しずつ。「その名はバレット」聞いてるから少しずつズレていく。3月は単行本二冊同時進行を終わらせた上に、日記だけで150枚以上書いている。二月は何も書けずに、日記すら初の中止にまで追い込まれて家で泣いていた男がである。そんな状態に、がっくりとはなるが、今月のおかげで少しキャパがまた広がった実感がある。何が起きても、どんな状態であれ、歩みを止めなければいいとさらに完全に開き治っている。そうやって、自分の体を頭をマシンのように客観で眺めると、まだなかなか動いてくれるなと思った。お昼は、フーアオと外出し、国立駅で有休中の亮太と会い、ノイ・フランクに向かい、ランチ。ここは国立名物のソーセージ屋なのだが、イートインもやっている。新宿のベルクのような雰囲気である。ビーフカレーを食べる。また連日のカレー。その後、亮太と二人で行きたかった喫茶店「書簡集」へ。ここの内部空間、良いスケール感で好感触。亮太と色々と話す。その後、家に帰ってきて、LOCK,STOCK&TWO SMOKING BARRELSを観る。良い。隠された記憶の方が好みであるが。ホカリから電話。FUのカタログ制作の件。ホカリも仕事が早い。こういう即レスが続くのは、僕としては精神衛生上非常に良い。で、さらにハザマからもFUの新ウェブサイト案が届く。皆、早っ。ホカリと電話してたら、キャッチが入ったので、変わると、ナンペイで花見のお誘い。で、話していると、またキャッチ。で、変わると、朝日新聞書籍部長の矢部さんからだった。「坂口くん、ある人に変わりマース」というので、待っていると、なんと大和書房のTOKYO 0円ハウス 0円生活の担当編集であった増渕さん。そんなわけがないと、思ったが、なんと今日入社式でなんと朝日新聞書籍編集部に転職されたらしい。なんてことだ。こんな奇遇、偶然、ミラクル、奇跡続きの僕には、ある意味、驚きはしなかったが、最近、どう考えてもヤバいと思う。矢部さんがAERAの編集長であった時に、無名で貧乏で馬鹿である僕にわざわざ電話してくれて飯を食べようと、地下にあるインド料理屋で、お酒を飲みながら、ふと、「隅田川に鈴木さんという人がいまして、、、、」と言ってから、即、AERA誌上で有り得ない5ページ特集を書かせてもらい、それを読んだ大和書房時代の増渕さんがすぐ書籍化を依頼して来て、でも、矢部さんに言ったら、朝日新聞から出したいとも言ってもらい。普通、そこは朝日新聞で出すべきなのだが、なんとなく、僕の直感は大和書房に傾き、完全に矢部さんに不義理をしたなと思っていたのだが、こんなところで三人が電話で話すことになるとは。人生はやはり楽しいなと思った。とにかく高揚した。4月10日から多摩川に住み始めますと言ったら、その前に三人で会おーぜーということになり、速攻でスケジュールを調整する矢部さん。なんだか、僕は本当に人に恵まれているだけなのだなと実感。もうこうなったら、波に乗るだけで生きていこうと思う。しかし、ここ最近、確実におかしなことが起き続けている。で、気付いたら、今日はエイプリルフール。やられたと思って、増渕さんに再び電話して確認した。どうやら、本当らしい。エイプリルフールにこの真実。バレットが身に沁みる。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-