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Journal -坂口恭平の毎日-

2009年5月18日(火)

またまた最近、大波が来ており、じっと黙って通り過ぎるのを待っている。日記を書く気に全くならなかった。で、この後、また超活動的な大波も来るわけで。一体、30過ぎてから何をやっているんだと思ってしまうのだが、それが自分の仕事をやる原動力にもなっているので、受け入れていくしかないんだろう。しかし、仕事はどんどん先へ進んでいく。乗り遅れないようにしないと、新幹線状態になった時に、愕然とすることになるので。朝起きて、春秋社の新刊の「はじめに」の改訂版を執筆。なんだ、書けるじゃん。というわけで、速攻それを終わらせて送信。本当に、この原稿とも長く付き合ってきている。タイトルもようやく決まり、まだ慣れてきていないのだが、たぶん、いい名前になったと思う。六月末出版予定。僕のせいで色々と遅れたが、ようやくこれで作業は終わりかな?後、表紙の絵を入れるかもしれません。。とも言っていたのでまだかも。時間がかかっても、どんな状態であっても、やはり作り上げれば終わってみれば良いものが仕上がる。これが、自分のいつものパターンである。で、その後、とにかく溜めていた書類等に目を通し、作成し、送信する。10月3日のトロントの白夜祭。尾道の8月に二週間滞在するためのもの。さらに、パリの国立民族博物館から依頼されている書類も書く。なんだか、色んなことが巻き起こっているのですが、僕だけついていけてません笑。しかし、これでとにかく全部送った。後は、トロントで作る作品の詳細を詰めるための図面を描かないと。トロントではアシスタントの人たちが待ってくれている。先日、佐々木さんに、書類とかは誰かに頼んだ方がいいんじゃないかと言われた。それはそうかもしれない。今後の課題。その後、浜松町で相談役と話す。次への展開が見えてきたかもしれない。その後、吉祥寺へ行き、買い物し、古本屋でPHAIDONのビアズリーの画集を購入。なんか最近引っかかってきている。夜は、フーがスタジオでバンドの練習だというので、アオと二人で風呂入ったり、絵本読んだり、寝たりした。安西水丸氏の「がたんごとんがたんごとん」ハマり過ぎである。夜は「おつきさまこんばんは」に切り替えた。やっぱり照明落とした時にはこっちの方がいい。

2009年5月13日(水)

太田出版から「本人」のレイアウトが送られてくる。確認してキャプション書いて送信。その後、コヨーテの原稿書く。なんかまだよく分かっていない。春秋社からタイトル案などが届く。しばし、我慢。国立駅にてコーヒーなどを飲む。やらないかんことが遅れているが、仕方が無い、じりじりと終わらせてゆけ。25枚書き終わるが、なんか違うと思い。もう一回。

2009年5月12日(火)

今日は戸塚でゆっくりして過ごす。色々と話が来ているのに、なかなかやる気になってきていない。しかし、そんなことも言ってられないのである。午後過ぎに戸塚を出て家族で国立に久々に帰ってくる。原稿書く。タイトル考える。

2009年5月11日(月)

午前中、原稿に取りかかる。その後、西荻それいゆにて春秋社の篠田さんと打ち合わせ。ゲラを戻す。しかし、まだ納得がいかないところもあり、喫茶店の中で二人で作業。タイトルもまだ未定である。どうした。多摩川生活からすぐにはなかなか社会復帰できず。色々と考えたりしている。ここは奮起してもらわないといけないのだが。その後、初台にてコヨーテの佐々木さんと打ち合わせ。次号の特集に向けて。原稿がなかなか進んでいない。やらないかんことを溜めていて、一気に吹き出してきている。おーい。戻ってこい。その後、ハザマの家へ行き、カメラを戻し、仕事の話をしたり、現在の自分の状態を話す。夜、フーと待ち合わせして、一緒に戸塚へ帰る。久々にアオと会う。

2009年5月10日(日)多摩川生活最終日

最終日

朝から多摩川。畑に水をやって、自分の家の採寸作業。午後10時すぎに太田出版の北尾さんと写真家の梅川さんが来訪。本人用のロビンソン・クルーソーのポートレイトをお願いする。そのときにまた色々と話をしていたら、海の話になって、今、一番彼の興味の対象が今は海なのだそうで、そんなこと考えていたら、海底二万海里のネオ船長にも思えてきた。で、その話をすると、彼の考えていたことは明治初期であったにもかかわらず、ほとんどが空想ではなく、その後、実現しているんだからたいしたものだ、としっかりと気にしていることが判明。一体この人は何を考えてるんだ。4月11日に始めて多摩川生活も今日で、ひとまずは一度家に帰ることを伝える。家は別荘としてしばらく残しておくことに。この一ヶ月ではまだまだ全貌を知ることができなかった。まだまだ追加で調べていく必要があるだろう。とか考えていると、「ほれ、坂口さん」というので見てみると、たくさん筍が出てきている。5本ぐらいもらう。半分ヤッさんにあげて、切って、刺身にして醤油で、部屋の中で北尾さんと梅川さんと三人で飲む。その後、いつもの中華料理屋行きますか?ということで、二度目の外食「広蘭」へ。餃子も海鮮あんかけやきそばも美味。ごちそうになる。梅さんのとんでもない話を聞く。酔っぱらって家に戻って仕事を続け、コンさんのところへ挨拶に行く。コンさん「えーっ、行っちゃうの」と寂しそうになり、なんだかウルルン滞在記状態に突入。またちょくちょく来ますからと言うと「じゃ、パイナップルでも開けよう」と缶詰を取り出してきた。裏面を見ると賞味期限2005年と書いてある。しかし、なんとか食べれるものだった。途中でタローも来て、撮影もさせてもらう。コンさんの家の中にも入らせてもらう。コンさんは昨日溜まっていた金25グラムを売って、五万円を手にしている。この人もゴールドマスターなのだ。その後、家の掃除をして、自分の荷物を持って、川崎駅へ行く。なんか長い夏休みが終わったような、海に行った帰りのような、泊まり込みで肉体労働しにいった帰りのような、山の中のシャーマンを訪ねていった帰りのような、不思議な感覚に教われる。タローと川崎でなぜか八丈島料理屋で乾杯し、二人で僕の家へ帰ってくる。この体験が一体なんだったのか、今では整理がつかないが、誰からの依頼でもなく、自分からやりだしたのだが、それでがつんとやられて帰ってきた。しかし、これは絶対に形にしなくては、と思いながら、寝た。

2009年5月9日(土)

午前中、余裕こいて、全く違うモンドリアンの図版、年譜などを読んでいた。モンドリアンのアトリエが気になる。自分が独自に進めている仕事をもっとどんどんやっていかないかん。とそんなことを考える。で、そんなことばっかりやってられないので、午後12時からコヨーテ用のハロー!ワークス拡大版、ハロー!ライフに取り掛かる。午後6時までやって、25枚書き終る。どうにかなったのかな、これは。よく分からないが、佐々木さんに送信。その後、外出。バンクーバーの友人、ポールウォンが展覧会に出品するために来日しているので、オープニングに顔を出す。場所が分からず、彷徨う。PLSMISというギャラリー。こんなところがあったんですね。ポールは30年前のパンク映像を流していた。ストックホルムの写真家が撮っていた写真に魅入る。ポールは日本式のオープニングにちょっと変な感じそうだった。お洒落な人ばっかり来てるね、と。PLSMISは良いスペースだった。森岡書店の森岡さんと会う。ポールはなぜかドリンクチケットを無数に持っており、それを貰って麦酒を飲む。ポールは本当にハッピ-な人間だ。また来週会おーぜーとのこと。明日朝からまた多摩川へ行く。今度はスケッチ数枚を描く。太田出版の写真撮影も。あともうちょっと。

2009年5月8日(金)

午前中、家に帰ってきて、仕事、仕事、と思っていたら、寝てた。トロントの詳細図面も送らなくてはいけないのだが、まだ出来ていない。いかん。そろそろ、やらないかんのだが、今日は、完全に休憩。寝まくる。夜、亮太が訪ねてくる。麦酒飲んで、駅前のどうしようもなさそうな定食屋しか開いてなかったので入ったら、案の定の結果で、納得。家に帰ってまた寝る。

2009年5月7日(木)多摩川生活日記第二十日目

第二十日目

さらに追加の取材。今日はロビンソンもご機嫌なので、なんだろうかと思ったら、どぶろく飲んでいた。僕も貰う。これが美味いんだ。このどぶろくはロビンソンの作ではないのだが、どうやらもう一人どぶろくを作っている友人がいるらしい。美味すぎて一気に飲みきる。で、おかわり貰う。二人でアレコレ話す。で、畑へ行って、茄子の芽が出てきているのを確認し、トマトの苗がかなり育ってきたので、竹に紐で八の字結び。八の字にするのは、こうやっていると茎が太く育ってきても、トマトに負担をかけないからだそうだ。このように彼の行動には全て意味がある。浜大根の新芽は虫がつかないのに、小松菜の下っ端を切って、土に植えて、出てきた新芽はもう無くなるぐらい虫に食べられている。その理由などを教えてもらう。やはり虫も選んでいるのだ。何でもいいわけじゃないんだよ、と。かぼちゃも枝豆も雨のおかげで育ってきた。またロビンソンの部屋で飲みながら話すと、ざるに一杯のさくらんぼ佐藤錦。これ、僕は昔築地で働いていた時に、とんでもない値段してたからね。それを三つぐらい一一度につまみ食いを何度もする。種は、そこらへんに投げとけば、また芽がでてくるさ、とロビンソン。さらに、夢の話を聞く。よし、来た、とその記憶をもとに、また部屋に帰ってきて、原稿に取り掛かる。夜は、ロビンソンに貰った肉を焼いて食べる。取材するのに追われて、色々と訪ねてきたいと言ってくれた人を断ったりしました。またの機会を。

2009年5月6日(水)

太田出版「本人」用の原稿に取り掛かる。多摩川のロビンソン・クルーソーかく語りき(仮)。30枚。で、今までのインタビュー、筆記しているもの、録音しているもの合わせてとにかく書いてみる。30枚には届かなかったが、大体書きたいことは書いた。朝方頃までかかったが、送信。

2009年5月5日(火)

今日は家に帰ってきて、休憩。他にも色々と話を入り込んできていて、多摩川と同時進行のため、多少混雑している。〆切たちも間近なので気になるが、今日はほとんど何も考えず、シンガポールアーキテクチャーが送られてきており、それを見てビックリ。表紙に僕の鈴木さんの家のドローイングがデカデカと載っている。そんなことやっていいのだろうか。中身は最新の新建築たちばっかりである。そんななか、10ページ以上も記事を書いてくれている。日本語で書かれた本が、シンガポールの雑誌に英語で紹介されるというのは、何かの可能性を感じさせる。さらに、ウェブサイトの英語版が今までそこまでじりじりとした盛り上がりだったのが、いきなり、一日で1000人以上の人が訪れている日があるらしい。なんだなんだ。自分の頭の中の調子は最近、最悪な状態なのだが、色々励まされる。

2009年5月4日(月)多摩川生活日記第十九日目

第十九日目

で、朝方多摩川へ帰ってくる。畑の水やり。写真撮影。ロビンソンへの取材。ちゃんとやらんと。しかし、この人、話がいつも凄すぎて追いついていけてません。カラーコンピューター開発者時代には、造幣局から、農業試験場から、京都の染色界から、なんやらかんやら付き合いがあり、その都度新しいからコンピューターを開発していたらしい。色ということは光ということであるからして、光の研究もかなりやっていたとのこと。その時の頑張りの話を聞くと、かなり燃えていた青春だったようだ。しかし、今はどうなのか、そのことについて突っ込んでみた。彼にはまだ次へのアイデアを実は練っていた。そんなことを話す。夜は、タローと麦酒、黒霧島を飲んで酔っ払う。

2009年5月3日(日)多摩川生活日記第十八日目

第十八日目

朝から、書かなくてはいけない原稿に手をつけるも、何とも進まない。多摩川での生活を続けてかなり時間が経ったが、ロビンソンとの取材がうまくいっているのかどうか分からない。今回は鈴木さんの時とは全く違うのである。それは、やはり、隅田川は一時撤去するという条件があったために、何らかの抑制があったのだが、多摩川は完全に治外法権のような状態になっていることに少し、自分が気になっていることも関係していると思う。しかし、ロビンソンの生活は、何か新しい生活の在り方を提示していることは確かなのだが、そこらへんで色々考え続けている。で、うまく気分転換すればいいのに、いつも固まっておかしくなる僕である。仕方がない。その後、タローとコンさんのところへ行って気分を入れ替える。コンさんが持っているカシオギターを弾いていたら、欲しくなってしまい、貰ってしまう。その後は、隅田川へ行き、取材先を変更しようと試みるも、結局は鈴木さんのところで酒を飲んでしまい。夜まで飲んで酔っ払って、気付いたら横須賀にいた。おいおい。おれは何をしているんだ。悩みの日。

2009年5月2日(土)多摩川生活日記第十七日目

第十七日目①

第十七日目②

第十七日目③

第十七日目④

昨日は夜遅くまで起きて仕事をしていたので、午前7時起床。それでも早いけど。朝起きて、すぐ春秋社のゲラのチェック。タイトル案もいくつか出てきている。読み返しながら、手直しをしていく。もう何回も読んでいるものの、これが果たして人に伝わるのかどうか、分からなくなっているところもある。まあ止まらずどんどん進めていこう。その後、午前中、ロビンソンのインタビューを実行するも、やはりあんまり調子が良くないようで、インタビューを少しの間、しないで待っているほうがいいかもしれないと思う。締め切りは迫っているのだが、それは完全にこちらの都合なので、なるようになると信じて、あれこれ対策を考える。一つ思いつく。ロビンソン以外の人物にもインタビューを試みようというものだ。それならば、あの男しかいないと携帯にかけるも出ず。その後、ロビンソンと一緒に家の庭の雑草除去を手伝う。がんがん気合いいれてやっていたら、気づいたら、イチゴの木を枯れた木だと勘違いしてしまっていたらしく、引っこ抜いていた。ロビンソンに弟子入りしているものの、畑、農業の経験が無い自分は、覚えることが多い。とてもじゃないが一ヶ月では無理であることを認識。それでもやると言うと、やらせてくれるから、ロビンソンは本当に心が広い。午後、OKショップで来週分の買い出しを行う。帰ってきたらタローがテントの中に戻っていた。彼との撮影も明日あたりから少しずつ進めていきたい。畑の小松菜を採集し、オムレツを作って昼飯にする。その後、周辺を撮影。夕方、エディロールを取りにいくのと、精神的定期検診のため、国立へ。フーと久々に会って色々と話す。この生活についてお願いされている三つの仕事を全てきちんとこなしたら、素晴らしいのだが、まだ全体像が見えていない。話していたら、少し光が見えてきた。夜、また多摩川へ戻り、バンクーバー原さん、ビル、ミキの三人にトロントでの白夜祭展覧会のための意見交換。小倉さんのパリの国立美術館についての質問。CANのFLOW MOTIONを聴きながら。やっぱりこれいいね。太田出版の北尾さんの差し入れ。感謝。原稿頑張ります。で、午後11時頃外出。たまには踊りを踊らないと、体がなまってしまうので、渋谷へ。タンゴとはらちゃんと待ち合わせしてエイジアへ。ゴッドファーザーを聴きにいく。タローも来ていた。しかし、今日の音は二人のDJどちらも、緩急がない、一直線の音楽だったので、僕としてはとくに踊れなかった。午前5時頃までいる。その後、贅沢にもスタバで久しぶりにラテを飲んでいたら、TOMYtheRoyal、井口、ジュン、と会う。WOMBに行ってたらしい。午前5時半頃電車にのって六郷土手まで行きたかったが、気づいたら、ペリー来航浦賀駅まで行ってしまっていた。まあ、ちょうど良い睡眠になったので、と思ったら、またその反対方法にまでいっていて、家に帰り着いたのは午前10時過ぎでいた。さくらんぼを食べて。ゆっくりする。このさくらんぼ、佐藤錦とナポレオンというとんでもないもので、味は本気で美味。争奪戦になっていた。まあまま、みなさん。リラックス。今日はもう寝ない。

2009年5月1日(金)多摩川生活日記第十六日目

第十六日目①

第十六日目②

午前6時起床。多摩川沿いを勢い良く散歩する。たくさんの人が朝早くから歩いている。良い光景。家に帰ってきて、ご飯とみそ汁と納豆とグレープフルーツで朝ご飯。畑に水やりして、部屋でゲラを読もうとするも、もう既に強い日差しが窓に入ってきて、コロッとしちゃう。隣のヤッさんなんて、あんまりに時間があるもんだからって、竹を切ってきてはお手製の巨大な風鈴を作っている。どこかの山岳民族のおもちゃのようになっている。しかも、下にはプロペラまで付けてる。「時間だけはたっぷりあるからねー、まだあと5つも製作中だからね、うふふ」とこの不況の時代、なんのその。この人は毎日、自生の葉っぱを食べまくっているから、食費0円の時もよくある。焼きそば食べている時はなんだか贅沢しているようで幸せそうだ。クコ茶、ヨモギ茶、柿茶、ドクダミ茶、なんでも作っている。夏はどうやって過ごしているんですかと聞くと、屋根の上に置いてあるビニール製のプールを指差して、これに水入れてさ、パラソル開いて、それで本を読むのさ、うふふと言っていた。ブックオフマニアヤッさん。午前11時半ごろ。コヨーテ編集部佐々木さんと写真家の大森克己さんが再来訪。来月号のコヨーテでのハロー!ワークス拡大版のための写真撮影。そして、ぼーっとしてアゲハ蝶が止まろうとしている僕を見て爆笑。そんな感じで写真撮影を受ける。昼食はご飯とみそ汁と浜大根のオムレツ。11日までに25枚よろしくねーとのこと。太田出版は6日までに30枚だし、よくよく考えると迫ってきている。そろそろ本気で書き始めないといけない。と、ようやく小覚醒。日記を書き始める。佐々木さんから電話があり、それって日射病みたいなもんなんじゃないの?とのこと。そりゃそうかもしれない。毎日、とんでもない太陽を浴びている。雨水だけじゃなくて、たまには普通の水も飲んでね、とのこと。とか言っていたら、雨水40リットル飲みきってしまった。ので、明日からは公園の水を頂くしかない。雨よはやく降れ。でも、雨漏りの修繕三回目が巧くいっているのかな。その後、午後2時頃、六郷土手にて映画制作会社の大作さんと待ち合わせ。たまには喫茶店にでも行きたくなって、駅横のZIONでブレンド飲みながら話を聞く。またぼーっとしてはいたのだが、とても興味深い話をたくさん話してもらい盛り上がる。お土産まで頂く。で、家に帰ってきて、ヤッさんとロビンソンと話したりする。ようやくロビンソンも復活したようだ。「本人」の30枚はロビンソンの語りになる予定なので、しっかりと話を聞きたいが、動きながらじゃないと話さないので、ノートじゃ手に負えない。明日家に帰ってテレコを取りにいくことに。ニンニクを収穫していた。これがまたいい形で美味そうだった。葉っぱが枯れそうになっているものがあったら収穫していいよとのこと。さらに、ニラもできていたので、根元から包丁でざっくり切って、夕食はご飯とみそ汁とニラ玉を作って食べたらこれが美味かった。パリの国立ケ・ブランリー美術館から面白そうな話が来た。その他、海外の方からこの家についてのメールが来ている。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-