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Journal -坂口恭平の毎日-

2006年1月31日(火)

起きてからギター弾きたくなる。「くるり」のワールドエンドスーパーNOVAのライブ映像見たら、歌いたくなった。人に嫉妬させつつも創作せずにはいられなくなるような作品を見せられるとむらむらむかむかするが、そういうのは放っといて嫉妬すればよい。手を動かそう。
林檎ジュース一気のみして、パソコンいじくり、フォトショップなどを触る。いくつかプリントアウトしながら、出来具合見ながら、セブンに駆け込む。パソコンはまだ最後の友ではない。任せられない。セブンのコピー機のほうが曖昧さがあって、大人だ。マッキントッシュは不安を削除しようとしている。
コピー100枚持って家に帰り、制作。これは展覧会用のカタログになる予定である。無茶苦茶分厚いものを作ろうとしている。ゼロックスにプレゼンする見本版。キテたのでそのままいっちゃえとドンドン。今回はまた新しい方法で本を作ってみる。夕方5時に完成。うーん、まだなんか足りないと、思いついた。段ボールのケースがいい。スキャナー入っていた薄段ボールを使って、昔のハードカバー本を入れるような段ボールケース完成。
腹へったので、残っていた飯に、ネギ、キャベツ、ふうの母さんにもらった焼豚、バターで炒めた卵焼きいれてチャーハン。みそ汁に、鯵の干物を焼いた。麦酒は恵比寿。
スローラーナーの四方さんより電話。トークショーは2月26日の日曜日で決まった。映画に沿いつつも飛び出してしまえるようにしたいものだ。
ケイちゃんからも電話。スペクテイター来月号も無事進んでいるようだ。今回の僕のズッコケの絵についてのいくつかの話。早くみたい。
展覧会用に自分がつくったビデオをDVDに焼いて、カタログにおまけとしてつけるというのはどうかな?と思いつく。こうやっていつも思いついては消え、またいつか思いつき、そして少しずつ少しずつ実現される。最近はだいぶ焦りが無くなったが、それでもこの時間のジレンマはなかなかうまく操縦するのは難しい。

2006年1月30日(月)

亮太が「茄子」を持ってきてから漫画もデュシャンのように調べてみようと思い始める。
岩明均氏の著作は全部気になる。七夕の国完全版上下巻入手。即読破。「窓の外」という世界を提示している。なんだ?そこは?著者自体も具体的にはわからないそうだ。あと、気になるのが、山田芳裕氏。この人は今「へうげもの」という作品を連載しているが、これは「利休七哲」の一人であり、信長の側近として仕えていた武士を主人公としているようだ。僕も気になっているこの時代の芸術という言葉がなかったときの「美」をテーマにしていて面白そうだ。 またこの人はトラック運転手が宇宙飛行士になるまでの「度胸星」という作品もある。これは四次元の話も出てくるらしい。しかし、なかなかこの漫画入手シズラそうだ。「デカスロン」というのを手に入れたがこれは十種目競技のアスリートたちの話。
あと、すぎうらしんいちの「ホテルカルフォリニア」というのも買った。これは山の中にあるホテルの従業員たちが閉じ込められる話。一巻しかないのでまだわからないが、展開は楽しみだ。「るきさん」はそんなものを吹き飛ばしてしまいそうだ。空間が描かれている。それも自分たちが普段無視してしまいそうな些細な空間についての漫画。
今日は昼過ぎより、中野駅から下北沢駅まで歩く。3時間。途中に面白い庭があるらしいというのを聞いていったが、まぁまぁだった。しかし、下北沢という街は表面は面白いかもしれないが、街自体が発する匂いが全くない。根のない造花のようだ。しかし、造花にも造花にしかない良いところもあるのはそれもまた真実か。
昼飯、ビビンパ。夜、自宅でコーンポタージュが無性に食べたくなり自力で作る。パスタは野菜たっぷりのペペロンチーノ。朝7時から開いていて酒が飲める店でも始めたくなる。高校生のときの妄想は、九龍城みたいなホテルを作ること。

2006年1月29日(日)

朝起きて、朝食を親父に提供。葡萄パン、ほうれん草と豚バラ炒め、林檎。昼食は大松庵のかつ重定食。ボクはざるそば。
その後、ふうと親父と三人で小田急線にのって鶴川駅へ。親父がかねてから気になっていた白州邸を見に行く。ここは白州次郎、正子夫妻の元邸宅。趣味人だった二人の生活、骨董、庭を堪能できる。古い農家を40年ほど前に買い取って、所々工夫を加えて改装したもの。 書斎にやられた。L字になっているその書斎はとてもちいさな空間なのに、広大に見える。L字になっているだけで。その書斎には結構中まで入って行けて、書棚に並んでいる本を確認できた。なんと南方熊楠の全集がいっぱいあった。最近のものでは赤瀬川原平のものまで。シンクロしてしまい、二回も来てしまった。庭をみると、ほとんど何もしていない。雑草そのままのような庭。熊楠の思想を感じて、納得。こんなところが東京にあるとは驚きである。
夜は無茶苦茶美味しい頂いた鮭を焼き、食す。「茄子」読む。かなり、微妙な心の動きを絵にしようとしている。

2006年1月28日(土)

中野集合。親父又亮太。家族男闘呼組集会。
中野「味楽来」焼肉屋。麦酒乾杯後牛カルビハラミシビレ。豚カルビ再食美味。特製野菜サラダ美味三度注文。久々会合故会話弾。
二次会西荻北口戎焼鳥屋。今日又混雑大盛況。麦酒止、焼酎始。黒龜、金時芋。鮭コロッケ美味安価。
帰宅後珈琲飲後漫画話、高野文子「るきさん」黒田硫黄「茄子」親父、西荻宿泊。

2006年1月27日(金)

久しぶりに富士川食堂へ。焼き肉定食。豚汁。
その後、チョコ黒屋で喫茶。帰ってきて、久しぶりに西荻の凄い銭湯へ。いつも、家の小バスタブだったので、銭湯の凄さを痛感。カッターで手を深く切る。大丈夫だったけど。最近よく寝る。
いつも寝るときにボクはこういうことしたいなと思っていることを実際にガンガンやっている夢を見る。そうすると大体そうなる。正夢とかではない。ずっと繰り返し見ているから、当然そうなるもんである。というのがボクの持論。だからあの眠りに入るまでの起きているんだけど、眠ろうとしている「あそこ」がボクにとっては非常に重要だ。人は起きて、覚醒しているときだけが、全てではない。寝ているときも同じ力を持っている。 創造はできる。とかあんまりいいだすとオカルトになってしまう。ので。

2006年1月26日(木)

リトルモアの浅原さんから電話があり、映画配給会社からの依頼だという。?だったが、その配給会社から電話が掛かってきた。 スローラーナーというちょっと凄い名前で、現在テアトル新宿で「晴れたらポップなボクの生活」という映画がレイトショーをやっているのだが、それはホームレスを題材にしたものらしい。それで上演前の30分くらいで、主演のカラテカというお笑いコンビの矢部さん(あの何国語も喋れる人)とトークショウをするというもの。スライドを使ってするようだ。何でもやってみようということでOKしてみました。
吉本興業の人とどこまで話せるのでしょうか?乞うご期待。日時は2月17日の予定。詳細は後日発表。大学の講演会からお笑い界まで複雑な動きをみせています。

2006年1月25日(水)

ずっと考えていることがある。それは、街のようなものを作ることらしい。自分でも曖昧でよくはわからない。しかし、それは決まって周期的に登場してくる。劇場でもなんでもない更地の上に街が出来上がり、そこに人が見に来るのではなく、体験できるような祭りのような屋台のようで違うような、、。まあぼんやりだが、それでも年々具体的な映像になってきている。 最終的にどうなるのかは、僕には見当もつかないが、僕がビデオを作っていた頃の熱が完全にまだ冷えきっていない。あのときの熱がまだ、少しだけ残っている。それはターミネーター3のT1000のような小さい水銀の水滴のようだ。それは具体的な形をもつ余白があるのだ。というようなことを考えて寝た。

2006年1月24日(火)

昼過ぎに新宿御苑へ。今日は大温室に初めて入る。やったー。ここ凄いよ。もうジャングル。僕が探し求めていた匂いを発していた。ヤシ室は上に伸び、亜熱帯室は横に広がるパラダイス。ここはみなさん行ってみましょう。都心のど真ん中の熱帯。ここにあり。自分の作品もちょっと見えてきた感がある。

2006年1月23日(月)

昼までスイミン。昼過ぎソフマップへ買い物。この前パソコン買ったポイントで、スキャナーとプリンター購入。ここお得です。帰ってきて色々ホームページ変更。しかし、うまくいかず。いらいら。文章少々。

2006年1月22日(日)

午後、亮太と翻訳家の佐藤さん来荻。アイリッシュバーで麦酒乾杯。そのままFBPに行く。昼間からワイン。ココのパスタとピザは今日もやっぱりうまい。佐藤さんとは久しぶり。色々話すが、共通して考えている所も多し。ノブの途中参加。
その後、道端でいい色した木材ゲット。いまだに道端にはいいものあるな。半分に切ると、ちょうど便所の棚に合う。二段の棚をつくって、本の収納にした。便所の中ってなんであんなに本読む集中力高まるのか?お尻の真ん中に力入れるとやはり何かが働くのだろう。棚はしっくりいっている。部屋みたいになってきた。
夜、新宿で新年会。二次会はボーリング。今日は初めからなんかやってやるような、、気が。1ゲーム目。でました。ターキー!出ました!!!フォース!!なんと!出ました!!!!フィフス!!!(初)しかも、なんとその後2ゲーム目もフィフス、4ゲーム目もフィフスと何だが夢のような時間。これは新年早々おかしい。5連続ストライク3回だよ。生まれて初めて200越えました。203。至福のまま、バタンキュー。

2006年1月21日(土)

みなとみらい線で元町へ。ふうの母さんのコンサートに行く。
代官坂という坂を登ると、途中に熱帯な古い花屋さんなどあり、登りきったところに「クリフサイド」というダンスホールがある。何でも、60年前からあるらしくて、当時としては最先端ダンスホールだったようだ。店の中の当時の写真がいい。中は、手作りオペラハウスの匂い。中野のクラシックのようでもある。デビット・リンチの世界。ジャズバンドをバックに100人コーラス。「crazy love」がよかった。
つい飲み過ぎて、帰りの電車で獏睡。起きたら国分寺だった。終電だった。

2006年1月20日(金)

夕方、MS.KURENAIから電話。お久しぶりである。
いきなり、「アラスカで展覧会やってみますか?」
何何?アラスカ?何でも彼女の友人がアラスカにある非営利ギャラリーに紹介をしてくれるようだ。0円ハウスを読んでくれて興味を持ってくれたらしい。久々のこの感触。やってみたいので一度友人を紹介してもらうようお願いした。彼はアーティストだ。バンクーバーにも近いので、何らかの繋がりがまた見えてくることでしょう。
バンクーバーから入金されていた。いよいよこちらは始動である。今年は作業場を別に借りようと思っている。どこかに安い倉庫物件はないか探さないと。
しかし、展示アイデアはまだ悩み多し、0円ハウスに絞った方がよいだろうが、何となく僕の他の作品との繋がりをうまく表したいが、展覧会なんて生まれて一回もやったことないから難しいこと確か。どんなにやったら面白すぎるのができるか?大爆笑で去って行くような展覧会にしたい。今年はやらねばね。

2006年1月19日(木)

 マン・レイ自伝「セルフポートレイト」読み始める。
この人、今気になっているわけです。なにが?といわれてもまだよく説明できないが、その写真にたいする態度といいますか、適当加減といっては失礼だが、なんか突っぱねている。それがいい。ちょっと読んでみよう。自伝というよりは、小説らしい。それがいい。フランシスコ・ベーコンの評論本にも惹かれたが、こっちを購入。家の前の古本屋。堀田善衛ものは無い。うーん。
僕は幼いときから全く本を読んでいなかった。今でも面白い本は大体人が読んでいるものや、古本屋でじーっと見ていてジャケ買いしたものの中から培養している。今更、自分としてももうどうこうすることもできないが。人の家に行ったら必死である。こっちは。明日の自分の栄養が転がっているわけですから。よく考えたら、音楽もほとんど自力で買わないし、服はいつも弟の御下がりだしな。
でも、そうやって所謂適当で曖昧な選択によって、繋がってしまっていることの不思議さに入り込んでしまって尚更買う気がしない。偶然に身を任せたい。

2006年1月18日(水)

「誰も知らない」を見る。フィクションだが、限りなくドキュメンタリーの手法。微妙なテンション。しかし、そうやることで見る人は、映像に見入ってばかりいられず、心理戦もあるので、たまに凄く美しいシーンが飛び出てくると、日常の生活のなかで自分がたまたま見つけたようなものに見えてくる。力を入れすぎてばかりでは駄目で、抜きすぎても駄目。力を入れながらもある部分だけは抜くことが人間の動きにとっては重要であることがよくわかる作品。
夕食、納豆と海老とオクラのかき揚げ、肉じゃが、自宅で。堀田善衛が上海について書いた随筆があるらしい。要チェック。最近は昔のものもいいが、新作ばっかり見たり聞いたりしたい感も出てきて。不思議である。

2006年1月17日(火)

BRUTUSが「庭」の特集号を出していて、やられたとか思いながらも買う。
しかし、いつものよくあるパターンになってしまっている。京都の庭、デレクジャーマンの庭、アーティストの庭、屋上庭園。。。こっちはなかなか進まず、まあ簡単に事が運んでも仕方ないので当たり前だが、僕も所謂「庭」という概念に引っ張られようとしてしまう。
しかし、そこではない!というのが今の僕に分かっていることだ。ただ自分が楽に行けそうな「庭」ではないことだけ気づいているが。もっと違うんだ。腹の底から植物が生え、人間も真っ青になりながらも、笑ってしまうもの。僕が東京の中で見た熱帯庭たちはそういう気を起こさせた。うーん。

2006年1月16日(月)

岡潔という数学者がいるらしい。僕もまだ本で少し読んだだけだが、戦時中に山にこもって誰も解けなかった難題を解いてフランスに送ったとか、他かなり奇妙な人だったらしくそっちの方が話題のようだが僕が気になったのは人の直感というものがどういうものかということを真剣にかんがえていた点だ。 その中で、山から降りるときに木々の並ぶ姿を見て数学の難題が自然に分かったとかとにかく数学と自然と日常の世界と直感とを全て平行線で見ている。そこが気になった。色々本は出ているようだが、春宵十話という本がよさそうだ。探索に入ろう。
夜、7時から新宿文化シネマに行く。ここは、絨毯具合といい、ホールの感じといいいい映画館ですね。
「THE有頂天ホテル」観る。この人の映画は僕はとにかく気になってしまうのだが、今回もおもろい。でも見ていると悔しくなっている自分も居て、他の映画ではあんまりないので不思議な気持ち。でも本当に楽しそうなのだ。それは単純に楽しめばいいのだが、「楽しいだけじゃねぇ」という僕の腹の底の声が聞こえてきつつも、やはりどんな人がみても面白いということはやっぱり凄いなあと改めて思う。

2006年1月15日(日)

ほぼ回復。ベーグル屋に行くがポムドシナモン売り切れ。コノヤロ。仕方なくマロン購入。レンタルシップで三谷幸喜のthe有頂天ホテルの特別鑑賞券が売っていたので購入。1300円也。「誰も知らない」も借りる。ミートソーススパゲッティセロリ多めを食す。部屋の掃除。布団屋上に干す。今日は気持ちいいな。
午後五時に鍋、タム、タジと品川待ち合わせ。GOMI氏の演劇を見に新馬場へ。京急。演劇はやくざタイムスリップもの。反則である。でもその中に出て来た坂本龍馬と中岡慎太郎が本物に見えてしまう。風邪トリップの影響か?ホールの感じがいい。帰りに品川駅前の九州料理屋でさつま揚げ、シロクマ(かき氷)、芋焼酎(島美人)、うどん、そぼろご飯など食う。旨い。ぞ、ここ。

2006年1月14日(土)

東京医大病院に行く。布団の中で水木しげる「猫楠」を読みながら寝る。とにかく獏睡。しかし、風邪の時の部屋の感じも気になるな。ポンカン食べまくる。

2006年1月13日(金)

広島焼きを自宅で作ろうと試みる。二つのフライパン使うがなかなかうまくいかず。しかし、味は完璧だった。麺を焼きそば麺じゃなくて、ラーメン用にしたらヒットした。卵と生地とソバが混じっておたふくソースと青のりがたくさん塗るとほんのり甘い。こうなったら鉄板欲しくなった。作家の山本一力さんが直木賞とった時に鉄板を買って家でお好み焼きを作ってますと言っていたのを思い出す。
しかし、風邪気味。寝てよう。フランスのクリストフからメールが来てたらしい。雑誌ようやく出たかな。ギャラも結構くれるみたいだ。ポンカンが実家から送って来た。

2006年1月12日(木)

ささま書房で横尾忠則全集を売っていたので値段聞くと1万8千円だという。それはちょっと厳しいのでどうしようと迷いながら近所の音羽館にいくとガラスケースの中にその本があった。聞くと8千円だという。うーん。、、購入しちゃった。今また70年代横尾が気になってあの買いたかった「横尾忠則全集全一巻」買っちゃった。初めて中を見る。これ、講談社から出てたんだ。 まず段ボールケースがいい。中の編集も全部横尾氏がやられているらしい。いい。この高い本買うときのドキドキする感覚、すごいね。たかが紙、されど紙。
デスクトップの画面をアンリ・ルソーの「夢」に変えてみたが、これ凄いね。というかパソコンの中がジャングルになっていて、絵なのに臨場感があるのを画集をみた時よりむしろデジタル画像の方が感じる。夜電気が消えた部屋の中で光るルソーのジャングルは見ていると気持ちいい。鯖買って、パン粉焼きした。これいつも旨い。

2006年1月11日(水)

 富士川で食べようと高円寺行くが、開いていない。しまった、今日は水曜日。定休日である。不覚。それでそのまま七つ森に行き、ハートランド麦酒とオムごはん大盛。今日は横尾忠則大全集を買いたいと思って来ているのを思い出し、古本屋を駆け巡る。アニマル洋(ひろし)、あれっ今はアニマル洋子に改名したんだっっけ?しかし、そこには無く。今度は北口の名前は知らぬがすごくいいものが揃っている小さな古本屋へ。なし。
仕方ないので散歩する。次いでに紅茶屋さんで良品質アッサムティーとプレーンワッフルを頂く。スウィーツに目がないオリーブ娘のような自分。仕方がありません。しばし、そこに置いてある紅茶本を読んでダージリン地方の歴史の勉強。
帰り途中にというか自分の家の真下の西荻MUGEN書房で「もののけ姫」のビデオが480円という値段で売っていたので購入。見る。この映画の緑感覚は僕を触発する。東京にも熊野に匹敵する緑感覚があるんだ!と凄く勝手に強い思いを抱く。アシタカになりたくなる。古本買いに行くと色々広がってしまう。毎回。

2006年1月10日(火)

朝から月島に行って歩く。植物は凄い生えているが、なにか引っ掛かるものがない。10時から午後二時までうろうろする。帰ってきてまた「馬的思考」読む。 午後7時から吉祥寺バウスシアターにてBOB DYLANの映画「NO DIRECTION HOME」観る。上映時間3時間40分。途中10分の休憩あり。
しかし、本当に短く感じた。眠る暇なし。ニューポートフェスティバルのマギーファームの演奏がヤバすぎた。デュシャンの影がいつもチラついて見えたのは気のせいか?普通のBBCによくありそうなドキュメンタリー風になりそうで、デュランがエレキで一発かまして「詩」のような映像に早変わりする。アレンギンズバーグの「激しい雨が降るを聴いて泣いた。」というのを聴いて泣いた。 エレキシーンは本当のロックの音。久しぶりにロック聴いた。あの音は普通の60年代の音ではない。ずっと後まで聴く人全てに送った音なんだろう。
映画の中でしきりにデュランが強調することは、ブーイングは曲に対してではないということだった。自分の曲は絶対に大丈夫だと確信していたのだろう。
思考をやめない。そしてその思考は何かを掴むための方法ではなく、思考するという「熱」そのものに意味がある。昨日のアカギも、デュランも言っている。

2006年1月9日(月)

いとうせいこう氏もデュシャンとルーセルの関係に非常に興味をもっているらしい。ホームページには謎解きページまである。岡谷公二氏とも連絡をとったりしてかなり本格的にやっている。また中沢新一氏の「東方的」のなかの記述も引用されている。デュシャンは科学的ではない、感覚科学的なのだ。そこに人は無限に広がっていく空間を、四次元的なものを感じてしまう。
しかし、この人たちに限っては読解してはダメだ。それを解き明かそうとしても、自分が壊れてしまうだけだ。ということは方法が間違っているのだ。感じるしかない。それでも、その方法があるような気がしている。感じることで説明ができないか?正月で出会った親戚の伯父さんから聴く不思議な話のように、感じれないか?
昼は神楽坂「くるみ」に新年一発目。やはり旨い。漫画「アカギ」を出来上がるまでの間見る。その中にしきりに麻雀で稼いだりすることを目的とするな!するという熱そのものになれと言うニュアンスの言葉が続き、なにか気づく。その後、ルトゥールという喫茶店に行く。すると、青山の香咲のような雰囲気。ここはかなり落ち着いていい。
夜、金もないのにやたらと高い焼き鳥屋にいってしまい、旨い旨い!といっていたら少ししか食べてないのにびっくり請求。その後、庄屋に行き、旨い旨いと言ってしまう自分。しかし、料理の世界も四次元のようだ。値段と味は常に曖昧で、場所の雰囲気、さらには店員の感じ、そして自分の懐具合などで、チェスのようにころころ局面が変わる。

2006年1月8日(日)

早起きして近所のフランス料理屋「こけし屋」へ。ここは毎月第二日曜日は朝市をやっていてワインを安い値段で飲みながらフレンチが食べれるというので行ってみた。
会場に着くと、珈琲のサービス。シェフ達がバザーのような場所でオムレツを焼いたり、キムチ鍋(?)を作っていた。恵比寿麦酒で乾杯。味は?まあまあ。しかし、これではル・クール・ピュとは比べモンになりません。自分でプロデュースしたくなってきた。しかし、こういう緩ーいノリがいいのだと言うことも考える。でも早起きは○。亮太とノブも来たので、そのまま我が家でワイン少々、僕黒霧島多め。
お昼ご飯食べにベーグル屋に行くが、あいにく閉まっていてどうしようかと彷徨い、ふと行ってみたそば屋「大松庵」が大当たり。かつ重定食1,050円也。帰ってきて三人昼寝。遅く来た寝正月。

2006年1月7日(土)

年明け一発目の西荻ピザ屋へ。小さいのを頼んだのに、大きいのが間違ってきた。ラッキー。やっぱりここはとても渋い味でおいしい。なかなかない思う。でも店の名前が分かりにくいのは一寸頂けないかもしれない。
ハリー・ポッターを遅らせばながら鑑賞。はじめの方の空間は最高。でも時間が経つにつれてしょうもなくなってきた。なぜ、映画はストーリーがあるんだろう。あのロンドンの裏側の魔法使いの横町の細部をもっと見たかった。むしろNHKの深夜のインドの風景映像のように、街の様子を定点観測したような映画が見たい。 でもグーニーズはストーリーがあっても最後まで粘ってくれていた。アナログ部分を多めにしないとハリーはダメだと思う。あの横町が出てきた時の興奮は嘘じゃあないと思う。夜はゆっくりVAN MORRISON。

2006年1月6日(金)

そのまま夕方まで貘睡する。夜8時半西荻自宅に台湾から帰国中上野、タンゴ、井田、遅れて原、もっとおくれて栄吉。鳥入り水炊き、うどん多め。なんでこんなに今年は鍋ばっかりやっているんだろうか。部屋がでかくなり、もてなしも変化の様子。僕は文章書いたり、写真撮ったりせずに人に飯作ったり茶飲ませたりするほうが絶対向いている。久々の会合。連日の黒霧2本開けつつ、台湾ツアーの企画が勝手に吹き出し、空想を練る。
夜3時就寝。来月は草津に行こうという計画をとりあえず立ててみた。何でもとりあえず立てればいい。誰かが勘違いするのを寝て待て。

2006年1月5日(木)

7時半に恵比寿集合。光嶋、平山さんと3人。ちかくのよくわからないソウルバーにとりあえず入ってみる。テレビのセットのようなかなりコテコテの空間。3人とも○でした。
久々の会合。一時期は大学の研究室「世田谷村」で共に時間を過ごした。光嶋は、ドイツの建築事務所に遠征中。平山さんは現在、伊東豊雄事務所でバリバリやっているようだ。で、僕は一人で黙々やっているわけだ。あまりにも全員違っていて、それはそれでよい。「みんな、違っていい。」これは僕の故郷のある街のヤンキーがいっぱいいる街の標語だ。
その後、日本一旨いらしいもつ鍋屋「蟻月」に。隆、道明待っていた。モツ食べながら乾杯、途中から芋焼酎「鯨」、「山ねこ」飲む。あまりにも全員久しぶりで騒ぐ。途中、現在もやっている渡邊君も参加。最後は山男、シノラーも登場。朝4時解散。
電車でぐっすり寝てしまい、立川で起床。晴れ晴れと帰宅、朝6時。

2006年1月4日(水)

VAN MORRISON「VEEDON FLEESE」聴く。モリソンの旅はまだ終わりそうにないようだ。このアルバムは所謂60年代のコンセプチュアルアルバム達とは意味が違う。意味としてのコンセプチュアルではないのだ。モリソン自身の抽象性を音楽に転換させているようにみえる。歌詞は曲と曲を飛び越え、繋がり、アメリカとアイルランド、そして幻覚の世界、そして未知の世界が入り乱れる。この前のアレンギンズバーグの引用をまさに表現で体現している。
スペクテイターの原稿の追加分終了。メール送る。
サンフランシスコ・アート・インスティトュートからメールが届く。2006年の個展の巡回を承諾してくれたようだが、なにか書類が足りないらしい。まだよくわからない。
二月初旬から二週間ほど合宿をしようと思っている。完全に集中できる時間が欲しいため。庭のほうももうそろそろ完成させる気でいきたいわけだ。どうなるかな。

2006年1月3日(火)

ロサンゼルスの風景が黄泉返ってきた。ダウンタウンの匂い。アメリカではない、どこにもない南米の街に来てしまったような。21歳の時に行ったあの熱気に西新宿の寒い道歩きながら、ふいに突き動かされる。ホックニーとともに色々価値観が反転した時期だったなぁあの時はと思い出すも、記憶というものとは違うようなものを感じる。 あれは一体なんなのだろう。記憶ではない、触感、匂い、太陽。それにツラレて、ロサンゼルスの本のイメージが飛び出してきた。ロサンゼルス考現学のようなものか?いや違う。熱気と寒さの観察。人間と機械と植物と空気の割合。グレイハウンドのバス停の横の中華系のアメリカ人が夫婦で経営していた酒屋さんが久しぶりに頭に浮かんできた。後は、日焼けサロンのロボットみたいにポマードをつけたあのオヤジを。題名は「SUN,L.A.」とでてきた。サン・ラー。
タンゴと友人の韓国人、ヘヨン来訪。家でかに鍋。絶品。食す。雑炊もたらふく食べる。ヘヨンと韓国についていくつか話す。周辺の話ではかなり感覚が合う。微妙なところもかなり汲み取っている。しかし、歴史的なところで完全なズレが生じている。こっちは何もしらないのだ。すこし恥ずかしくなる。話は進み、進み、進んだ。今はパリでファッションをやっている。会話がとても旨く、鍋も加わって、黒霧もそれに拍車かけていく。僕はすこしのぼせた。
ボブデュランのドキュメンタリーを吉祥寺バウスシアターでやっているらしい。これはいかねばならぬ。バウスシアターの入り口の階段がいいのだ。あれは洞窟の入り口のように原始の匂いすら漂う。ポップコーンがどこかの伝統食に見える。それに静かさ。中学校のときに初めてレイトショーを観に行った時の静かさ。

2006年1月2日(月)

中沢新一氏の雪片曲線論という書物の中にアレン・ギンズバーグがある講義の中で語った言葉が載っていた。 ・・・私なんかは、変化にまかせるって言うか、心をときほぐして自分の知覚とその不連続性を観察することが、浄化の基礎だって確信しているぐらいだ。自分の心に生れた思考の流れを逆戻りさせることはできないし、それを変えることもできない。思考のプロセスを修正することも不可能だし、いったん思考されたものを否定なんかできやしない。否定したと思ってみても、それはただ思考の中で自分自身にどうにか抹消できたって「思考してる」だけさ。でも言っとくけどだからといって、そんなことに思い煩う必要もないんだよ。次の思考に変化していく。それだけでいいんだ。(「詩のダルマ」ナローパ学院における講義)
この「次の思考に変化していく。それだけでいいんだ。」というところで僕はグウッと浮き上がる感じがした。当たり前のことなのだが、そこにきちっと焦点がクローズアップされて合っている。とにかく変化していく。横尾忠則氏も今は自分が描いたとわからないものこそ描きたいそうだ。
新宿西口による7時集合。小さな新年会。リョー、T、Nと居酒屋。
しかし、多いに飲み、会話はあらぬ方向へひた走り、女性二人の凄い話に興味しんしんに耳傾ける。その後、新宿のホームのあの「しんじゅく」って書いてある柱に横向いて僕にバイバイしながら受け身なしでぶつかっていた。そうか、あれはぶつかったらもの凄くイタイのだな。心配しつつも僕の視点はその固い柱に向いていた。ごめん。

2006年1月1日(日)

鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣。いい混み具合。この正月の混んでいる雰囲気が好きでとにかく毎年混んでいるところへ行っているが、鶴岡は初めて。ここは待っている間も先の方が高くなっているので人が階段を上っている姿が見えるのでなんか壮大。待っているのも苦でない。巨大な液晶スクリーンでは養老孟司氏が鶴岡の思い出なんかを喋っていて面白い。
朝日新聞でお年玉小説でよしもとばななさんが「ざしきわらし」という小説を書いていたが、普通の日常の家の中の見えないけど感じる空間というか気配みたいなものをテーマに書いていて感じが凄く良かった。
朝はふうの母さんのお節料理。栗きんとん絶品。丹波の黒豆も負けない。雑煮餅4個。正月はやっぱり朝一の匂いが一番いい。ちょっぴり寒くて、暖房器具をつけてすこしづつ暖かくなっていく感じ。とかいいながら12時まで今年は獏睡。麦酒、仏葡萄酒、麦焼酎。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-