坂口 恭平 エッセイ

熱帯家

狭い住宅街の中の、どこにでもあるような木造の賃貸住宅。その二階に住んでいる。部屋の中には、窓辺の机以外何もない。暑い夏に冷房もない。そこで物語を書いている。売れもしない。最近は、書く気も失せて、机の上で居眠りをしてばかりいる。音楽を聴きたくなるが、ステレオもラジオもない。仕方なく、町から聞こえてくる音を、少しうとうとしながら聴いている。そのまま、また寝た。

ある夢を見た。

道を歩いていると、一軒の小屋が路上に建っている。とても小さい。でも、人が住んでいるようだ。汚れた靴が、左右バラバラではあるが、並んでいる。奇妙に見えるのは、その素材のせいだ。よく見るような木材で作った、バラックではなくて、金属製の小屋であるようだ。しかも、錆など一つもなく、ピカピカしている。どうゆう金属かは判別することができない。今は昼間のようだ。太陽は真上に登り、その金属の小屋を照らしている。小屋はその光を反射し、その姿がぼやけて見える。僕は近づいてみた。

入口はカメラのレンズが嵌め込まれている。こちらからは中が見えない。しかし、よく見ると、ドアが少し開いている。「お邪魔します」と声をかけ、中を覗いた。

老人が足を折り曲げて寝ていた。いや、寝ていたのかは分からなかった。ただ、目をつぶっていたのだ。おかしな光景だった。老人の頭には、いくつもの電気コードが埋め込まれていて、コードの先は、小さな手作りのような木製のコンピューターに繋がっていたのだ。リクライニングシートのようなベッドに寝ていて、手摺のところにはボタンのようなものが見えた。それぞれのボタンには、「食事」「散歩」「睡眠」などと書かれていた。老人は、何一言喋らなかった。

そこで目が覚めた。体が怠くなったので、外へ出かけた。

小さな商店街を歩いていると、横に路地が伸びている。先を見ると、どんどん狭くなっているようだ。気になって歩いていくと、本当に路地は狭くなっていった。最後には、人が入れないほどになったが、それでも、進んでみた。最後には、行き止まりになった。そこには、一つの鉢植えが置いてあった。よく見るような観葉植物だった。こんなところに誰が置いたのだろう。何もない自分の部屋に飾りたくなった。それで、持って帰ることにした。

ようやく家に持って帰ってきたその鉢植えを、部屋に置いてみた。悪くない。前からここにあったかのように、馴染んでいる。気持ちよくなって、また町の音聴いて、寝た。

しばらく経って、目が覚め、鉢植えを覗くと、もう成長している。植物など育てたことがないので、具合が分からない。目を凝らしてみると、さらに成長している。一時間後には、自分の背丈のようになり、気づくと部屋の中は森のようになっていた。

2005年9月

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-