坂口 恭平 エッセイ

桑港の路上,マリのラジオ

カセットテープをレコードよりもCDよりも立体的な音楽再生装置だと思っている。どんなものよりも立体的なのだ。そこの空気までを磁気に吸い込ませることができる。直接なすり付けて録音しているかのようだ。それだから録音方法もあのマイク内蔵のアイワとかのテープレコーダーが一番いい。あれが一番空気を録音することが出来る。それをデジタルでやるとどうしても二次元の音に鳴ってしまう。音楽は記号では表せない。それを痛感する瞬間である。

今日紹介するテープは、一本目が5年前に行ったサンフランシスコで録音した路上で演奏する黒人たちの音楽。そして二本目は友人がマリ共和国に行った時に録音した現地ラジオである。

サンフランシスコに行った僕と弟は、金がほとんどなかったのであまりライブハウスには行けず、ひたすら夜路上を歩いていた。始めは仕方なく路上の音楽でも聴くかというモチベーションだったのであるが、しだいにその路上の音楽家が持つストレンジャー感に打ちのめされた僕は、ハンディテープレコーダーで録音した。

アコギでブルースを弾いているかと思いきや、ディレイがたっぷりかかった変態ギターを弾いていた黒人老人。歌も歌わず彼は、終始この世とは思われないほどの満面の笑顔で弾いていた。

ハンチングを被った黒人は小型のカラオケセットでワルツを歌っていた。こんな使い方があったなんて目から鱗が落ちた。カラオケで歌うなんてカッコワルーいとかいう外野の意見を100%完全に無視した勇気溢れる音楽。僕には、かれのバックにはビックバンドが見えた。と思っていると実際にこうふんした黒人青年がうしろでギターを始めた。おばちゃんは曲を聴いて興奮したのか下着姿になっていた。

続いてマリのテープもこれまた凄い。片面に一つの番組がそのまま録音されているのだが、DJが喋りながらなぜかまわりの車の音やら人のこえやら動物の声やらがするのだ。想像するにこれは屋外でかなりゲリラ的にやっているようだ。全てが手作り感覚満点。それにアフリカのリズムとボリリズムが混じりラジオ番組自体が音楽のようだ。かけている曲にあわせて自分の声にエフェクトをかけて歌いながら、さらにリズムボックスを叩きグルーヴも」作っている。そのままリスナーに電話をしながら、歌うようなインタビュー。凄い。会話は音楽。それをそのまま体現したような感じ。

この二つのカセットテープはまさに空間そのものである。 なぜかというと、精度のよいものでは雑音と見なされる音までカセットでは録音されてしまうからではないか。そのためクオリティーは下がるかもしれないが臨場感は倍増する。これは私が普段空間に対して考えていることである。見えないものでも気配さえあれば人間は感じることが出来る。なんでも削除するのではなく、その混沌の中に突っ込もうとしさえすれば、ゆっくりと分かってくる。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-